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グローバル経営幹部戦略の構造的課題と日本企業への提言(後編)

「誰が経営を担うか」を取締役会の最重要課題へ

筆者

萩原 良太
2026年9月3日

1. グローバル一体経営を担う幹部人材像とその獲得戦略

2026年7月13日公開の前編[1]では欧米との違いを中心に日本におけるCXO制の課題を整理した。今回の後編では、グローバル経営を支えるCXOとはどのような人材であり、その人材を獲得する戦略とはどのようなものであるかについて触れ、日本におけるCXO制の課題の解決に向けた打ち手をいくつか提言したい。

グローバル競争を勝ち抜くためには、管掌範囲が国内に限定された管理職の延長線上のポジションではなく、海外子会社を含めた全世界の事業を一体的に管掌できるCXOが求められる。そうした人材に求められるコアコンピテンシーとしては、全社の経営戦略の構築や遂行といった広く経営者に求められるものに加えて、以下の三点が特に重要であると考えられる。

第一に、多文化・多言語環境における信頼関係の構築力である。文化的背景の異なるステークホルダーとの協働において、形式的なコミュニケーション能力にとどまらず、相互理解と信頼を醸成できる対人適応力が不可欠である。第二に、変化の激しい環境下でのタイムリーな判断力である。グローバルな事業環境では、地政学的リスク・規制変化・為替変動など、不確実性の高い情報を迅速に処理し、意思決定に転換する能力が問われる。第三に、グローバル規模での効果的なチーム組成と後継人材育成力である。グローバルな人材パイプラインを維持し、その中から自らの後継者を計画的に育成できるCXOは、組織の長期的な競争力の源泉となる。

人材戦略を考えるにあたり、理論的には「ポジション要件の定義 → 人材要件の明確化 → 報酬体系の設計」という順序で構築することが望ましい。しかし、日本企業が実際にグローバル水準の外部人材獲得に取り組む場面では、多くの場合、この順序は逆転する。

すなわち、現実には「この人材を獲得するためには市場水準の報酬を払わなければならない」という局面がまず先に来ることがよく観察されるところである。優秀な外部候補者は市場の相場を踏まえた交渉にも慣れており、日本企業の従来型報酬体系では候補者との交渉を優位に進めることは困難である。『日米欧CEO報酬比較』2026年調査結果(WTW)[2]が示すデータによれば、日本の大企業経営者報酬は近年上昇を見せてはいるものの、一部の先進企業を除けばいまだ欧米との比較において低く、グローバル人材獲得の文脈において、この報酬水準の格差は無視できない現実的障壁である。

結果として、企業は「高い報酬を払うことへの社内的・取締役会的な説明責任を果たすために、慌てて職務要件・評価基準の整備を急ぐ」という、いわば「報酬先行型」の実務的プロセスをたどることになる。

ただこの「報酬先行」の現実は、直ちに否定するべきものではなく、内発的な改革機運が生まれにくい会社においては、むしろ積極的に活用すべきである。高い報酬を支払うという経営判断が、①ポジションの役割・権限・アカウンタビリティを明確化するプレッシャー、②取締役会が当該ポジションを真剣に議論するきっかけ、③社内の評価体系・等級制度を全体的に見直す契機——という三つの「ガバナンス改革のトリガー」として機能しうる。報酬設計の議論は、CXOガバナンス改革全体の入口として戦略的に位置づけることができる。

グローバル競争に対応した幹部人材の獲得戦略は、以下の四段階で体系的に構築されるべきである。

表1:日本企業におけるCXO人材の獲得戦略

表1:日本企業におけるCXO人材の獲得戦略
段階 施策 内容
① ポジション定義 役割・権限の明確化 各CXOポジションについて、グローバル視点での役割・権限・スキル要件・経験要件を明確化することが出発点となる。例えば「CFOに求めること」が国内財務管理にとどまるのか、海外子会社のキャピタルアロケーションまで含むのかによって、求める人材像は根本的に異なる。
② 内部育成計画(サクセッションプランニング)次世代幹部の計画的育成次世代幹部候補を早期に特定し、越境経験(海外赴任・海外M&A統合への参画等)と多機能経験を計画的に積ませるサクセッションプランを整備する。
③ 外部獲得戦略専門人材の戦略的な外部登用 内部育成を補完する形で、外部市場からの専門人材登用を戦略的に組み合わせる。特にCTO・CHRO・Chief AI Officer等、日本国内に十分な人材プールが存在しない領域については外部獲得に向けた戦略の早期構築が不可欠である。
④ 報酬体系のグローバル整合グローバルベンチマークへの整合外部からの獲得および現職幹部の維持に向け、ポジションごとに必要性を見極めたうえで、報酬水準・体系をグローバルベンチマークに合わせて設計する。エクイティ報酬の活用は、グローバル人材獲得において事実上の標準となっている。

2. 変化の実態:外圧が先導する日本企業の改革

本論考がここまで論じてきた課題——CXOのガバナンス強化、報酬のグローバル整合、中間層の変革——は、日本企業が自発的・内発的に取り組むことが理論上は望ましい。しかし現実には、組織慣性や企業文化等の障壁から、内発的な変革には相当の時間を要する傾向がある。

むしろ日本企業の経営改革の実態を観察すると、外圧——アクティビストによる要求、業績不振・株価低迷、M&A・TOB圧力——がトリガーとなって、ガバナンス改革や経営幹部の刷新が加速するケースが多いことがわかる。

そこで、前述の「報酬先行」型のプロセスと同様に、外圧による変化を単なる「防御すべき脅威」として受け止めるのではなく、むしろ内発的変革を加速するための「外部触媒」として積極的に活用する視点が求められる。

アクティビストが提起する「経営陣の刷新」「報酬体系の透明化」「ガバナンスの国際水準への整合」といった要求は、本論考が提言する方向性と本質的に重なっている。外圧によって問題が顕在化する前に、取締役会が自律的にCXOガバナンスの改革に着手することが、企業価値防衛の観点からも合理的な選択である。

アクティビストのターゲットとなりやすい日本企業の特徴として、低いROE・PBR、資本効率の低さ、ガバナンスの不透明性が一貫して挙げられる。逆に言えば、これらを先手で改善することが「アクティビスト対策」であり、同時にグローバル競争力強化の本質でもある。

3. 日本大手企業への示唆と提言

以上の分析を踏まえ、日本の大手企業、とりわけその取締役会に対して、以下の五点を提言する。

提言① CXOを「ポストの新設」ではなく「経営戦略の実装手段」として再定義する

CXO制の導入効果は、ポジションの新設・呼称変更によって自動的にもたらされるものではない。各CXOに求めるグローバルな役割・権限・アカウンタビリティを明確に定義し、その定義を取締役会が承認・監督する仕組みを整備することが出発点である。

特にCTO・CHROについては、前編で紹介したグローバルトレンドを踏まえ、「テクノロジーの管理者」「人事の管理者」という従来の定義を超え、ビジネスモデル再構築と組織変革の共同責任者として再定義することが急務である。

提言② 海外子会社をCXOの管掌範囲に明示的に組み込む

グローバル一体経営の実現には、本社CXOが海外事業を実質的に管掌する体制の構築が不可欠である。CFOは海外子会社の財務・資本配分を管掌し、CHROは海外を含む全グループの人材戦略を統括する——こうした実質的な権限と責任の一体化なくして、「グローバル一体経営」は名目にとどまる。

提言③ CXOの指名・評価・報酬を取締役会の責務として位置づける

欧米企業同様、CXOに関する意思決定は執行側の人事部門ではなく、取締役会・指名委員会・報酬委員会が主導すべき経営課題である。報酬委員会のアジェンダにCXOの指名プロセス・業績評価・報酬設計を明示的に組み込み、独立社外取締役が実質的な審議を行う体制を整備することが求められる。

東証「コーポレートガバナンス・コード」は、2026年7月の改訂[3]において、CEOのサクセッションプランの策定・運用に対する取締役会の主体的な関与・監督、および最高経営責任者等の解任に関する客観性・適時性・透明性のある手続の確立を、従来の補充原則から原則へと格上げした。2021年改訂版が示した制度的方向性は、2026年改訂によってより明確な規範として整理されたといえる。取締役会・指名委員会の実務にとって重要性が増した一方、問題は引き続きその実装の実効性である。

CEOのサクセッションプラン関連の内容をはじめ、企業におけるCXOガバナンスの検討にも影響があると考えられる主な改訂内容を以下に紹介しておく。

改訂版コーポレートガバナンス・コードにおける関連内容

参考:改訂版コーポレートガバナンス・コードにおける関連内容
項目 2021年改訂版 2026年改訂版(主な変更点)
CEOサクセッションプランへの取締役会の関与 補充原則4-3②で言及されるにとどまり、位置づけは限定的原則に格上げ。取締役会による主体的な関与・監督を明示的に要求
CEO解任の手続客観性・適時性・透明性に関する明確な基準の明示は限定的客観性・適時性・透明性のある解任手続の確立を原則で要求
独立社外取締役の役割 選任と一定の監督機能を補充原則等で言及 経営の監督を含む役割・責務、質と数の確保、独立性の重要性を原則・解釈指針で強調
取締役会事務局の機能明示的な規定なし コーポレートセクレタリー等による取締役会支援機能の強化を解釈指針に新設
コードの構成・原則数 83原則によるコンプライ・オア・エクスプレイン約30原則にスリム化。詳細な実務対応は新設の「解釈指針」に移管
有価証券報告書の開示時期 明示的な規定なし株主総会前開示(総会3週間以上前が望ましい)を原則・解釈指針に追記

提言④ 「報酬先行」の現実を受け入れ、それをガバナンス改革の入口として活用する

グローバル水準の人材獲得には、グローバル水準の報酬が伴う。この現実を「コスト」として忌避するのではなく、報酬体系の設計・開示・説明責任の整備を、CXOガバナンス全体の改革を推進するドライバーとして積極的に活用することを推奨する。

高い報酬を正当化する説明責任の整備は、①ポジションの役割・権限の明確化、②業績評価指標の設計、③取締役会の関与強化——という一連の改革と不可分であり、報酬の議論を入口として、これらの改革を一体的に推進することが現実的かつ効果的なアプローチである。

提言⑤ 内部育成・外部獲得・中間層変革を三位一体で推進する

グローバル人材戦略の射程は、CXOの獲得・育成にとどまらず、その変革を支える中間管理職層の能力・マインドセットの転換にまで及ばなければならない。長期育成モデルの強みを活かしつつ、外部人材の戦略的登用・報酬のグローバル整合を組み合わせ、さらに中間層の越境経験・多機能経験の機会拡充を連動させることで、組織全体のグローバル対応力を底上げすることが、真のグローバル一体経営への道筋である。

おわりに

グローバル競争において「誰が経営を担うか」は、事業戦略の立案・実行と同等の、あるいはそれ以上の優先課題である。日本企業がこの認識を取締役会レベルで共有し、CXOのガバナンス・育成・獲得・報酬という構造的課題に正面から向き合えるかどうかが、今後10年の競争力の分水嶺となる。

内発的変革が理想ではあるが、現実にはアクティビストや業績悪化という外圧がトリガーとなるケースも多い。その意味において、外圧に先手を打つ形でCXOガバナンスの改革に着手することは、経営の自律性を守るための最も合理的な戦略でもある。

制度の整備は進んでいる。問題は、その実効性である。本稿がCXOガバナンスの実効性を高める一助となれば幸いである。


注釈・出典

  1. WTW人事コンサルティングニュースレター「グローバル経営幹部戦略の構造的課題と日本企業への提言」(前編). 本文へ戻る
  2. WTW、『日米欧CEO報酬比較』2026年調査結果を発表. 本文へ戻る
  3. 東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード(2026年7月改訂版)」. 本文へ戻る

本論考は、公開情報および筆者の知見・分析に基づくものである。事実として記載した事項と、筆者の推測・提言として記載した事項は本文中に明示している。引用データの最新性については、各一次資料にて確認されることを推奨する。また、本論考で言及した企業事例は公開情報に基づくものであり、当該企業の経営判断を評価・批判する意図を持つものではない。

執筆者

Ryota Hagiwara (萩原 良太), シニアディレクター

萩原 良太

シニアディレクター
経営者報酬・ボードアドバイザリー

大手上場企業を中心に経営者報酬戦略および報酬パッケージの立案、報酬委員会の運営アドバイザリー、後継者計画の策定、経営幹部のアセスメント、指名委員会の運営アドバイザリー等について支援を提供。