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「地域金融力強化プラン」の投資機能を実装するための報酬制度改革

新たな投資機能を担う従業員と、実装後のグループ経営の舵を取る経営層の報酬設計

執筆者 佐川 裕一 | 2025年12月26日

金融庁が公表した地域金融機関向けの「地域金融力強化プラン」の注目施策である「投資専門会社を通じた資本性資金の供給の促進」には、投資機能を担う人材獲得への従業員報酬改革とともに、実装後のグループ経営の舵取りを担う経営チーム等のサクセッションプランや経営者報酬制度の見直しが必要である。
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はじめに ~地域金融機関を取り巻く経営環境~

地域金融機関を取り巻く経営環境は、構造的な転換点を迎えている。人口減少・少子高齢化や地域企業の人手・後継者不足、低金利の長期化などといった逆風は、一過性のものでなく、その永続を前提とした経営が求められている。そのような環境の下、従来の融資・貸付業務だけでは持続的な経営基盤を維持することが困難とみられており、これまで金融庁が「金融行政方針」等を通じ提唱してきた地域産業・企業の成長と事業承継を支える金融機能の高度化は、もはや理念ではなく、地域金融機関にとって最大の経営課題そのものとなっている。

「地域金融力強化プラン」で求められる新たな投資機能

上記のような課題認識のもと、金融庁は2025年12月19 日に「地域金融力強化プラン」を公表した。これは、地域金融機関が内外プレイヤーと連携しながら、地域企業への資金供給にとどまらず、M&Aや事業承継・人材確保、事業再生、DX等の支援を通じて地域経済に貢献する力、即ち「地域金融力」を安定的に発揮するための制度的な環境整備方針を纏めたものである。

そのなかで注目される施策のひとつとして、「投資専門会社を通じた資本性資金の供給の促進」が挙げられる。新たな産業誘致につながるスタートアップ企業はもとより、不確実性の高い経営環境のもと一般事業会社においても、リスクに備えるための資本バッファーの確保や、無形資産への投資を支える資本調達の必要性から「資本性資金」への需要が高まってきている。そのため地域金融機関が「投資専門会社」の設立を通じ、その供給の担い手としての機能を存分に発揮できるよう、「投資専門会社の出資に関する要件等の緩和・明確化」(例:投資先の裾野拡大に向けた株式会社以外への資金供給の許容、コンサルティング強化に向けた業務範囲へのM&A仲介業務の追加、等)を進めていくとしている。

2025年3月末時点における地域銀行の投資専門会社の数は53社(金融庁調べ)だが、この施策を受け、今後は当該社数の増加とともに、そのビジネスについても一層の多様化・充実化が期待される。具体的には、上記の要件緩和等を通じて投資先や業務範囲が広がることにより、スタートアップ・ベンチャー企業向けのプライベートエクィティ投資、投資先へのコンサルティング・事業承継支援など幅広い事業展開が検討されるものと思われる。貸付・融資にとどまらず、資本性資金やリスクマネーの提供を通じた地域企業への経営支援、とりわけ投資専門会社やファンドを活用した資本の提供は、多くの地域金融機関にとって新たな収益機会になると同時に、地域企業との関係性を更に深化させていく有効な手段として注目される。

新たな投資機能の実装に向けた課題

しかし、この新たな投資機能の強化は、掛け声だけで実現するものでなく、組織的な取組みが前提となる。銀行本体の枠組みで投資判断を行うことは、出資と融資との利害相反も含めたガバナンスやリスク・コンプライアンス管理、及び意思決定のスピード面でも限界があることから、「地域金融力強化プラン」が求める「投資専門会社」の設立という選択肢は合理的である。しかし、これも実質が伴わず形式のみにとどまってしまうと、期待された機能発揮の実現は程遠いと言わざるを得ない。

最大のボトルネックは「人材」である。スタートアップや非上場企業に対する投資判断、事業性評価、投資先企業の中長期的なパフォーマンス評価、投資実行後の経営コンサルティング、EXIT戦略等の新たな業務には、従来の銀行業務とは異なるフィールドでの専門性や資質・経験が求められる。そのための内部人材の育成はもちろん重要であるが、即戦力・即効性の観点からはそれだけで十分とは言い難く、外部からのプロフェッショナル人材登用を含めた人材ポートフォリオ構築が必要となるだろう。

そのために避けて通れないのが、従業員の報酬制度の問題である。多くの地域金融機関では、銀行本体・グループと同様の枠組み・体系での評価・報酬を想定しているものと推察するが、それでは投資ビジネスに見合った処遇の設計が困難となり、実績・経験を備えたスキル人材の獲得も期待しがたい。そもそも融資とは異なり、そのリターンの実現が中長期に及ぶ投資業務のパフォーマンスを、他の銀行業務と同様の短期的かつ横串を通した評価制度で測ることにも無理があるといえよう。

課題解決のソリューションとしての「従業員」の報酬制度改革

上記のとおり、投資専門会社の設立を実効性のあるものとするためには、その経営・運営に携わるスキル人材を社外からも登用のうえリテインできるよう、ビジネスや人材マーケットの特性に見合った評価体系やインセンティブ設計等の従業員報酬改革が不可欠である。具体的には、人材獲得の「競争力」のある報酬水準、及び過度なリスクテイクを抑制しつつも中長期的なパフォーマンス向上へのモチベーションにつながる長期インセンティブを含めた報酬ミックスの検討が考えられる。

実際、プライベートエクィティやベンチャーキャピタルの分野では、ファンドの経営者や投資責任者向けに、一定のハードルレートを超過したリターンの相応割合を優先的に受領できるキャリード・インタレスト・プランなど、業界特有のインセンティブ制度が採り入れられている。そのような業界及び他社のプラクティスを参考としつつ、マーケット水準のベンチマーク分析も採り入れながら、自社グループとして想定している投資ビジネスの特性と目指すべき成果、そのために必要とされる人材の要件・スペック等を軸に、あるべき制度設計を検討することが望まれる。

また、この新たな報酬設計をサステナブルなものにするためには、その目的と意義及び制度設計の考え方を明文化した「報酬ポリシー」の策定を通じ、ステークホルダーのコンセンサスを醸成することも重要である。とりわけ、銀行本体から投資専門会社へ出向する従業員へのフェアネスは勿論のこと、銀行本体で引き続き勤務する従業員にとっての公平感と納得感を高めるためにも、マーケットレベルの報酬水準と、それに見合った獲得難易度(例:業績連動部分の割合、目標達成の難度、等)とのバランスのとれた設計が何よりも重要となる。

なお、このような多面的かつバランスのとれた報酬制度を実装するためには、投資ビジネスに係る具体的な戦略・計画とアラインした報酬制度改革のロードマップを策定し、それに基づいて経営企画、営業推進、人材戦略の各部門がグループ横断的に連携していくことが有用である。なぜなら、投資専門会社やファンドを活用した投資機能強化の成否は、最終的に投資機能、人材戦略、報酬制度を一体として設計・運営できるかどうかにかかっているからである。

実装後のビジネスモデルに実効性を持たせる「経営者」の報酬制度改革

上記のような投資機能の実装と一体化した従業員報酬改革は、単なる人事制度の見直しではなく、地域金融機関としての重要な経営課題のひとつであり、グループ戦略の一環として取り組むべきテーマである。「地域金融力強化プラン」の重要施策を、単なる規制対応や政策追随で終わらせず、地域の成長を支える金融機関としての存在感を更に高める試金石とするためにも、経営トップが主導(上記3部門の連携をリード)し、取締役会がそのプロセスをステークホルダー目線で監督しながら具体的かつ着実に進めていくことが望まれる。

とりわけ、投資機能実装後の新たなビジネスモデルにおいては、経営チーム(CEO・経営陣)等に対し、従来の銀行経営者とは異なるスキルセットが求められるケースも想定される。貸付・融資とは異なる投資ビジネスの機会とリスクへの感度、及び投資の時間軸に見合った長期的視野・ビジョンなどが、その一例として考えられる。そのような適性・資質を備えた経営人材の登用・リテンションに資するサクセッションプランや経営者報酬制度の整備も、この取り組みを進めていく上での前提条件と言って過言ではないだろう。

そのためにも地域金融機関の報酬委員会におかれては、投資機能実装後の新たな経営戦略と、その舵取りを担う経営チーム等へ期待される役割・資質を踏まえ、経営者報酬制度のあるべき姿につき議論を深めていくことが期待される。人材獲得の競争力につながる報酬水準や、長期的なパフォーマンス向上を促すインセンティブ設計等につき、投資ビジネスを先行しているピア企業群とのベンチマーク分析を採り入れつつ客観的・多面的な検証を行うことが、サステナブルな制度設計に資するものと考えられる。

執筆者


ディレクター
経営者報酬・ボードアドバイザリー

メガバンクや大手監査法人、大手信託銀行を経てWTW入社。メガバンクや、大手銀行、大手保険をはじめ多数の上場企業に対するコーポレート・ガバナンスの評価・高度化助言に従事。各種セミナー講師、寄稿・共著等も多数。


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