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特集、論稿、出版物 | 人事コンサルティング ニュースレター

従業員体験を「与え、意味づける」主体としての従業員

調査をトリガーとした相互形成への主体的参加

執筆者 野村 由里実 | 2025年9月18日

従業員体験において従業員は企業から体験を受け取るだけでなく、自身の体験の意味づけや他の従業員の体験の相互形成主体ともなるという新たな視点を提示し、エンゲージメント調査をきっかけに主体としての意識を強化することで、より積極的なエンゲージメント向上を促すアプローチをご紹介いたします。
Employee Experience
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1. はじめに

「この会社に愛着を感じ、積極的に貢献したいと思う」従業員エンゲージメントが、今日人的資本経営における指標としてますます活用され、その源としての従業員体験をいかに捉え、改善するか という点についても注目が集まっています。ところで、この「従業員体験」における「従業員」というのはどんな状態の誰を指し、従業員体験は従業員とどのように形成されるのでしょうか。 「従業員体験」という言葉自体からは、あくまでも従業員が主語のようにも感じ取れる一方で、実際に企業などの場で実践される従業員体験の改善や調査の過程では時折、個々の従業員について「調査回答者」や「施策の対象者」にとどめ置かれることがあるようにも見えます。

本稿では、従業員体験(EX)は「従業員が受け取るもの」であるだけでなく、「従業員から与えるもの」でもあるという視点を提起し、さらに調査のプロセスを通じて、個々の従業員自身が「従業員体験を相互につくりあげる主体」としての意識を高め、主体的により良い従業員体験の形成に関わることを促すアプローチをご提案します。

2. 従業員体験とエンゲージメント

従業員エンゲージメントは、従業員が会社に愛着を感じ、会社が目指すものを理解・共感して行動する「自発的な貢献意欲」を指し、高いエンゲージメントを有する従業員は、会社の目指す方向を理解し、「この会社だからこそ」の誇りをもって、求められる以上の貢献を果たそうとすることが知られています。このような従業員は創造性を発揮して主体的に課題解決に取り組み、チームや組織に対してポジティブな影響をもたらす一方、エンゲージメントの低い状態では、離職率の上昇やウェルビーイングの欠如、生産性の低下といった深刻な経営課題に直結することがあります。従業員は自らが従業員としての生活の中で受ける体験を受け取り、評価し摂取する中でエンゲージメントが高まるという関係にあることから、従業員がポジティブに従業員としての体験を実感するときに、エンゲージメントの向上という形でリターンを生むという関係が認識されています。[1]従業員調査は、このようなエンゲージメントと、その根源となる従業員体験の意識を問う調査手法として広く実施されているものです。

3. 従業員体験形成における従業員の主体性

従業員体験の生成・向上に対する個々の従業員自身の位置づけは、「企業から提供される体験の受取り手」「自身の従業員体験の意味づけ主体」「従業員体験の相互形成主体」の3種類に整理することができます。

3.1 企業から提供される体験の受取り手

従業員体験は、これまで「企業が提供する制度や環境によって従業員がどう感じるか」という文脈で捉えられることも多く、そういった文脈では主に企業が様々な投資のもと整備した業務環境や提供する給与、福利厚生などを受け取る対象とされてきたといえます。例えば企業から納得度の高い事業方針が示され、研修などの機会や明確なキャリアパスが提供されているか、透明で公平な評価が受けられているか、といった要素は、実際に従業員としての体験の大きな部分を占め、こうした体験の質によって企業に対する愛着や積極的に貢献しようとするエンゲージメントに影響を与えるという点は、実感としても共有できるところがあるのではないでしょうか。こういった捉え方における従業員体験においては、あくまでも企業側が定め、運用して従業員体験を提供しており、従業員の側にはそれを受け取るという受動性が強く意識されます。

3.2 自身の従業員体験の意味付け主体

上記のような、従業員体験を形成する環境や投資を受けとる受動的な位置づけの一方で、従業員自身は企業から提供される内容をどのように捉え、評価するかという点における主体性も有しています。例えば同じ業務環境のもと同じ業務を行い同じ額の給与を受領した場合、あるいは事業戦略方針関する経営陣からの発信を同じように受け取った場合にも、その事実をポジティブ・ネガティブにとらえるか、何と紐づけて意味づけるかは従業員によって大きく異なり、例えば報酬であれば「自身の貢献に見合った対価」とする方もいれば、「成果と報酬が連動していない」と感じる方もいるでしょう。こうした違いは日常的な経験事実の違いによるだけでなく、自身の体験をどのように捉え、従業員体験として解釈するかという点は従業員の意味付けによって生じます。実践理論を用いて従業員体験を動的・文脈依存的なプロセスとしてとらえたCornelius, Ozturk, and Pezet(2022)で整理されているように[2]、従業員が自身の働く意味をはじめ従業員体験を意味づける主体であることから、内的・解釈的な領域においていかに従業員が好意的な意味付けをできるかという点に従業員体験、またエンゲージメント向上のヒントが考えられます。

3.3 従業員体験の相互形成主体

さらに実際の職場では部下のエンゲージメントの向上や、同僚同士の個別の助け合いによる業務効率、心理的安全性など従業員同士の関わりや日常的なやり取りの積み重ねがカルチャーやつながりを形成しており、周囲との日常的な関係性や心理的安全性といった従業員の他者への働きかけや他者からの影響により、従業員自身が他の従業員の従業員体験に影響を及ぼしている、相互的な従業員体験の形成主体としてもとらえることができます。例えば、上司から部下へのフィードバック、あるいは逆に部下が上司に対する接し方が日々の従業員体験として大きな割合を占めていたり、同僚同士の信頼関係やコミュニケーションの状況によっても、従業員としての体験が形成されているのではないでしょうか。こういった視点からは従業員をこれまで記載してきたような、自身の従業員体験の受け取りや意味づけにおける主体としてだけではなく、他の従業員の体験に直接・間接的に影響を及ぼすことで、従業員同士が互いの従業員体験に直接・間接的に影響を及ぼし形作り合う協働的なプロセスにおける相互形成者としての従業員のあり方を発見することができます。

従業員体験の生成・向上に対する個々の従業員自身の位置づけは、「企業から提供される体験の受取り手」「自身の従業員体験の意味づけ主体」「従業員体験の相互形成主体」の3種類に整理することができます。
図1:従業員と従業員体験

このように従業員体験の形成における主体としての個々の従業員の姿を捉えると、従業員にとっての従業員体験を改善し高いエンゲージメントを醸成するためには、給与や福利厚生をはじめとする企業から提供する価値を高め、また経営層など一部の従業員に対してリーダーシップの変革等を促す働きかけだけでなく、個々の従業員を主体ととらえ、従業員全体に対し自身の従業員体験の意味付けや他の従業員に対する影響といった点から働きかけを行っていくこともまた重要であると考えられます。

4.トリガーとしての調査

では従業員に対しどのように働きかけることで、従業員体験の形成主体としての自覚と貢献を促し、より良い従業員体験の形成やエンゲージメントの向上に繋げることができるのでしょうか。職位や所属に関わらず従業員全体に広くアプローチしつつ、一人一人に自身のエンゲージメントや従業員体験を意識してもらう必要があること、また新たに施策を導入するのではなくすでに多くの企業で実施されており、今後も定期的な実施が期待できるという観点から、本稿ではエンゲージメント調査がそのトリガーになりうると考えています。

調査をただ実施するだけではなく、従業員同士の相互作用や意味付けという役割を意識させ、従業員体験の共創を促進する契機とするためのポイントを、各段階で整理します。

4.1【調査実施前】従業員体験の共創・意味づけ主体であることを意識づける

調査実施前には、社内に対し担当部署から調査の参加を呼びかけるだけでなく、従業員自身が従業員体験の主体であると位置付け、調査に向き合うよう促すことでまずは従業員自身が従業員体験に対して有する主体性を意識できるよう促すことが期待できます。調査自体が従業員自身も従業員体験を形成する主体である と認識し、また自身がどのように従業員体験を捉え形成しているかを意識する出発点となるよう、「最近、自分の言動で同僚やチームの雰囲気に影響を与えたと感じた出来事はあったかどうか」「自分がポジティブにチームや部下に与えている影響はどのようなものか」といった問いかけを事前に投げかけることは、調査を通じて従業員体験が企業によって与えられる制度等だけでなく、それぞれの従業員自身が他の従業員に対してどのような影響を与えているか、といった振り返りを行う場として調査を設定するために効果的です。また、意味づけ主体としても、調査に参加する前の段階から、回答者となる各従業員が自身の従業員体験、またそれに基づくエンゲージメント全体についてどのように感じるかを問いかけることで、意味づけを意識するきっかけの提供が期待できます。

4.2【調査実施中】従業員体験形成における自身のありかたを振り返る

また調査実施期間においても、各従業員体験をどのように評価するかという回答に際して、その背景となる場面や経験、そこに自分がどのようにかかわっているかを具体的に思い浮かべるよう促すことで、従業員自身が自身の体験をどのように捉え、また自分自身が影響をどのように与えているかを客観的に認識する機会を持つことが期待できます。「なんとなく、5段階中3」と回答するのではなく、過去こういった事実があって、自分はそれをこうとらえたから、という形で回答の具体的な背景を考えることは、意味づけを実際にどのように行っているかを従業員自身の中で明らかにし、本来あるべきと思っている従業員体験についてもその解像度を上げることにつながります。またそのように考える中で、翻って自分自身は他者及びその従業員体験にどのようにかかわっているか考えることを促したり、より直接的な手法としては、「私は自分の行動がチームメンバーの働きやすさに影響を与えていると感じる」「チームの他のメンバーは、自分の体験に良い影響を与えていると感じる」といった設問を調査に含めることが、相互主体としての従業員の振り返りを促す方法として考えられます。

4.3【調査実施直後】従業員体験を共創する主体として、改善へのコミットを求める

調査後の場面では調査結果をもとに各企業や部門等で焦点化すべき課題と対象、アクションプランを検討する事が一般的ですが、従業員体験の意味付け・相互形成主体としてはそれぞれの従業員が「自分が誰かの従業員体験に価値を与え、また従業員自身の従業員体験を定義する側でもある」という自覚を個人だけでなくチームで高め、具体的な行動に落とし込んで日常において各従業員の参加を織り込んでいくことが必要です。具体的には、調査結果を展開しその背景をより詳細に分析する際に、各従業員自身が部門や企業全体の従業員体験にもたらした/実際に自身が体験した影響について共有し、それぞれにできる行動や目標を立てて宣言するようなワークが考えられます。また、そういった体験に対してそれぞれがどのように捉えるかを共有しあった場合には、自分自身の従業員体験を形成する意味づけを比較し、その特徴を客観的に捉える効果も副次的に期待されます。

(ワークの例:30分ほど、少人数のチームで実施)

  1. 自分が周囲に対し与えている影響を、与えている対象とともにマッピングする
  2. 上記マッピングを基に場面や対象を選定し、If-Thenプランニングで、「もし誰も会議で意見を言わなかった場合には、自分が最初に発言する」など、具体的な行動を宣言する

4.4【調査一定期間後】従業員体験に対するコミットを定期的に振り返る

また調査やその後の議論、アクション設定から一定期間経過後には、振り返りの場や時間を設け、あらためて従業員体験に対する主体的な行動を促すことも効果的と期待されます。

調査実施直後にアクションを策定したチームでの振り返りを、予算の振り返りや定期的なチーム会の機会を活かして実施し、設定したアクションを実際に実施してみようとしたらどう感じたか、意識して生活してみると、自分自身が普段の経験をどのように意味付け、従業員体験として形成していたか、お互いにどういった従業員体験を与えていたかといった発見を共有することで、従業員体験に対する意識を再度強化するとともに、他者から見た自分自身の従業員体験についても知る機会を提供することができます。

Step 1調査実施前―従業員体験の形成主体としての意識づけ Step 2調査中―従業員体験形成における従業員自身を振り返る Step 3調査直後―より良い従業員体験へのコミットを求める Step 4調査一定期間後―従業員体験に対するコミットを定期的に振り返る
図2:トリガーとしてのエンゲージメント調査の活用

このように、定期的に実施される調査を起点に、従業員同士の影響のもと従業員体験が相互形成されるという前提をあらためて確認し、全従業員に自身の与える影響の意識化と改善への参加を促すことで、従業員体験に対する従業員自身の主体としての自覚を引き出し、より望ましい従業員体験への積極的な参加を促すことが期待されます。

なお、従業員自身が主体であったとしても、調査やその後の振り返りが、低いスコアや難しい従業員体験の原因となる人物・チームの特定や責任追及、「他の従業員に影響を与えてしまう」という必要以上のプレッシャーに繋がらないよう、従業員のアクションプランはあくまでもやりたい・できる ことにする、特定個人に対する視線が集中しない範囲で調査結果データやその背景をチーム単位で分析・対応する、また従業員主体であるという特性から、できる限りボトムアップな活動として展開するといったことが肝要です。加えてもし可能であれば上記調査後に設定したアクションについて振り返り、必要に応じて修正等を行う場を定期的に設定することも、こういった施策の効果を高めることに貢献します。

5. 終わりに

本稿ではあらためて従業員と従業員体験の関係について見直すことで従業員の持つ従業員体験の形成主体としての役割という視点を提起し、調査を起点に従業員自身が体験の意味付け・相互形成主体としての意識を持ち、所属企業・チームにおけるより良い従業員体験に積極的に取り組むことの可能性について考えてきました。企業のみが主体として従業員を巻き込むのではなく、従業員自身もまた自覚的にその形成主体となる。その中で従業員自身が思いを持ち、自分自身で従業員体験を作り出す意識で取り組むことが、周囲の従業員及び当該従業員自身の従業員体験をより良いものにし、またエンゲージメントも高めていく一助となりえるのではないでしょうか。


注釈

  1. エンゲージメント:back to basics! 本文へ戻る
  2. Nelarine Cornelius, Mustafa Bilgehan Ozturk, Eric Pezet; Editorial: The experience of work and experiential workers: mainline and critical perspectives on employee experience. Personnel Review 29 March 2022; 51 (2): 433–443. 本文へ戻る

執筆者


野村 由里実
Employee Experience部門 コンサルタント

地方自治体、国内独立系ファームを経て現職。等級・行動評価制度設計及び研修やリーダーシップアセスメント、エンゲージメントサーベイをはじめ、人・組織に関する課題解決支援に従事。


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