
エンダウメント投資家にとって、市場の下落そのものは必ずしも最大の脅威ではない。真に警戒すべきは、市場混乱時においても継続しなければならない支出と、運用ポートフォリオの流動性とのミスマッチである。世界金融危機、コロナショック、地政学的緊張の高まり等、市場混乱のたびにこの課題の重要性は改めて浮き彫りにされてきた。
釈迦に説法ではあるが、エンダウメント運用の目的は単に高いリターンを追求することではなく、本来の使命は、奨学金、研究助成、教育活動、社会貢献活動などの支出を長期にわたって安定的に支えることにある。そのため、運用方針を議論する際には、期待リターンや資産配分だけではなく、「どのような状況でも支出を継続できるか」という視点を中心に据える必要がある。
近年、多くのエンダウメントはプライベートエクイティ、プライベートデット、不動産、インフラなど低流動性資産への投資を拡大している。これらの資産は長期投資家ならではの流動性プレミアムを享受できる魅力的な投資対象である。しかし、その反面、市場危機時には換金が困難となり、資金需要への対応力を低下させる可能性がある。実際、世界金融危機では、一部の著名な米国大学基金でさえ流動性不足に直面し、不本意な資産売却や投資計画の見直しを余儀なくされた。
エンダウメントの投資ガバナンスにおいて、資産配分、支出方針、流動性管理は相互に影響し合う一体の経営課題であり、統合的な設計が求められる。例えば、5%の支出率を維持したいのであれば、その支出率は現在の資産規模だけでなく、危機時の資産価値下落やキャピタルコール増加を前提としても持続可能でなければならない。また、戦略的資産配分におけるプライベート資産比率は、「どれだけ保有したいか」ではなく、「どれだけの非流動性を引き受けられるか」という観点から決定されるべきである。
特に日本の大学基金や公益財団では、資産運用の高度化に伴いオルタナティブ投資への関心が高まっている。しかし、投資対象の分散よりも優先的に確認すべきことは、流動性の耐久力である。平時には十分に見える流動性も、市場急落、寄附金減少、為替ヘッジの追加担保、プライベート資産のキャピタルコールが同時に発生すれば急速に失われる可能性がある。こうした複合的なストレスシナリオを事前に検証することこそ、長期投資家の責務といえよう。
優れたエンダウメント運用とは、高い収益率を実現することではなく、危機時においても組織の使命を中断させないことである。その意味で、流動性は単なる運用上の管理項目ではなく、エンダウメントの永続性を支える経営資源そのものと捉えるべきである。市場環境が不透明さを増す今こそ、エンダウメント投資家は自らの支出ルールと流動性フレームワークを点検し、次の危機に備えることが重要である。
※本稿はオルイン別冊「エンダウメント」 Vol.01(2026年8月31日創刊)への寄稿を転載したものです。
執筆者
革新性とインパクトの創出~WTWインベストメント部門~
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