
なぜ今、カルチャーの監査が必要か
企業のカルチャーは、企業の戦略実現のための決定的な差別化要因となっている。かつては曖昧でとらえにくく、結果として感じるものとして扱われていたカルチャーは、今や人的資本を支える基盤であり、エンゲージメントを高めるための中核的な柱として、経営として意図的に測定し、変えていく変革のレバーとして捉えられるようになった。多くの戦略の転換は、リーダーシップや従業員の意識・行動の変化というカルチャーの改革を通じてはじめて実効性ある形で実現される。戦略の変化に応じて適したカルチャーを実現できれば、表面的なお題目や掛け声に終わることなく、顧客に価値を生むための日常的な行動習慣として定着させることにつながる。
また、カルチャーは、コーポレートガバナンスの観点から、グローバルでは取締役会においてモニタリングすべき重要なテーマとして認識されている。サイロ化、過度な短期業績偏重、チャレンジへのオープンさの欠如などのカルチャーの存在は、中長期的に企業の価値を毀損するおそれがある。企業の不正・不祥事は、ごく小さな綻びから始まり、時間をかけて気付かないうちに大きな問題に発展することが知られている。取締役会として、企業価値への影響とリスクマネジメントという観点から、このような潜在的なカルチャーの問題の兆候があるかどうかを、定期的に把握することが求められている。[1]
しかしながら、カルチャーを実践、浸透させようとしている当事者が、客観的にそのカルチャーの状況を把握することには構造的な限界がある。望ましいカルチャーが実現できているかどうかをバイアスなく診断することは、「こうあってほしい」というカルチャーへの想いが強い当事者ほど困難となる。問題の兆候や懸念される事象が垣間見えたとき、それを軽微で例外的なものとして認識し、「たいしたことはない」という判断をしてしまうことは、当事者であるほど避けがたい。
そこで、企業のカルチャーをより客観的な立場から「監査」することによって、このようなバイアスの問題を排しながら、望ましいカルチャーが実現できているのか、不適切なカルチャーの兆候がないかを見極めるための、経営にとって重要な判断材料を提供することにつながる。人事部門による調査・レビューという形式も考えられるが、カルチャーを浸透させる当事者性を有していることを踏まえると、監査部門によるアドバイザリー監査の形式をとることや、両部門が協働しながら取り組むことで、十分な第三者性を保持することができる。
カルチャーの監査において何を見るのか
カルチャーを監査するにあたって、問題になるのはその概念の曖昧さである。カルチャーとは何か。漠然と感じる雰囲気なのか、会社として標榜している価値観のことなのか、あるいは従業員がとっている行動のことなのか。WTWでは、カルチャーを、経営陣や従業員がどういう考え方・判断軸で物事を認識するかというマインドセット、それをどのように日常的な振る舞いとして実践されているかという行動、そしてそれらを促進するための仕組み・制度、最終的に従業員がどのような体験として感じているかという従業員体験、の4層でとらえている。
カルチャーの監査においては、カルチャーをこのような複層的な構造としてとらえ、標榜されている価値観や目指すカルチャーとして明示されているものに対して、どこに乖離があるのかを把握していく。企業として目指すカルチャーを、マインドセット、行動、仕組み・制度、従業員体験のそれぞれにおいて、具体的に望ましい状況とは何かという形で定義することによって、どこにどのような乖離があるのかを明らかにできる。
そもそものマインドセットが統一されておらず、認識にばらつきがみられることもあれば、経営陣や上司の意思決定や判断という具体的な行動が望ましいカルチャーに反している場合もある。あるいは、望ましいカルチャーを実現するために必要な手続きや評価制度が適しておらず、十分なインセンティブが効いていないことも考えられる。そして、結果としての従業員の体験が、会社が訴求しているものとは異なるものとして実感されてしまい、それが従業員の会社への愛着や誇り、帰属意識にネガティブに影響するおそれもある。このように、目に見えにくいカルチャーを構造化することによって、漠然とした印象や雰囲気にとどまることなく、具体的な事実として捉えることが可能になり、どこに課題・リスクがあるのかを特定することができる。
また、明らかに不適切な、リスクを伴うカルチャーとは異なり、どちらが正しいともいえない、企業の歴史や価値観に根差した文化的側面も存在する。例えば、トップダウンの意思決定は、大きな変化の局面では重要な場合もあるが、従業員の自律的な行動やチャレンジを促すことが必要な局面ではそれを阻害することもある。あるいは、統制されたコミュニケーションが事業の性質として重要となる場合もあれば、より非公式で偶発的なコミュニケーションを促進することがチーム全体の調和を生むために重視されることもある。多くのカルチャーは、なんとなく空気のように生じているものではなくて、事業や組織運営上の必然として、時間をかけて、意図して、あるいは意図せざる結果として形作られる。
このような、どちらが正しいとも言い難いカルチャーの側面については、トップダウンかボトムアップか、というような対立軸で示し、そのどちらよりかを見極めることによって、カルチャーの実態を知ることができる。弊社ではこれをカルチャークロスマッチと呼んでいるが、これを通じて複数の異なる対立軸でカルチャーを分析する。カルチャー監査を通じて、経営として望ましいと考えている状態と実態として従業員が体感している状態とに乖離がある場合には、それを変えていくためのアクションにつながる契機となる。カルチャーの監査という局面のみならず、例えばM&Aにおける買収後の統合時のチェンジマネジメントにおいて、相互のカルチャーの違いを理解しながら目指す方向に向けて変化を進める際の出発点となりうる。
このように、カルチャーを階層構造としてとらえて具体的な課題・リスクを特定するとともに、良し悪しの判断が困難な側面については対立軸でのバランスを評価することによって、組織の現在地を把握することができる。このようなフレームワークを持ち込むことで、カルチャーの監査を、とらえどころのない曖昧な印象論から、具体的でアクションにつながりうる、経営の高度化のための議論の土台として活用することにつながる。
どのようにカルチャーを可視化するか
では、カルチャーの監査をどのような方法論で進めることで、適切にカルチャーの現状を可視化して課題・リスクを特定できるであろうか。
一つ目は、従業員に広くサーベイを実施し、カルチャーの状況を診断する手法が有効である。エンゲージメントサーベイとは異なり、従業員の認識のもとになっている具体的な事象を想起させることが重要となる。特定のカルチャーについて、それを促進するような制度になっているか、難しいとすれば具体的に何が阻害要因か、自分自身がカルチャーを実践するうえで迷うことや判断が困難な場面に直面したことがあるか、などを問いとして聞いていくことによって、結果としての認識のみならず、そのもとになっている具体的な事実に目を向けさせることが可能となる。また、従業員自身がどう判断・行動するか、に加えて、「(経営陣や上司、チームなどの)周囲の人々がどう行動しているか」という観察に基づく客観的な回答をさせることによって、社会的な望ましさ(自分をよく見せようというバイアス)による回答の歪みを低減できる。
次に、フォーカスグループインタビューにより、より踏み込んで課題を深堀することが可能となる。上記のサーベイによって課題領域と考えられる点を様々な属性のカットから把握していくことにより、どの層にどのような深堀をしていくことが有効か、対象を絞り込むことができる。そのようにして絞り込んだ対象に対して、「過去1年で、本来はおかしいと思いながらも上司の判断に従って対応したような経験はありますか?」といった、公式に語りにくいような、より踏み込んだ問いを投げかけることで、小さな綻びと考えられるような問題の有無をあぶりだすことにつながる。
また、フォーカスグループインタビューでは、それをウェブサイトにおいてバーチャルに実施をする(VFG:バーチャルフォーカスグループ)ことで、匿名性を担保しながら、多くの対象者の意見を定量(5段階などのレーティング)および定性(テキストによる自由記述)回答として収集することが可能である。VFGは、リアルタイムで回答を集計することで他の回答者の回答を把握することができるほか、それに対する参加者の賛同率をとることができるため、自分では気づかなかったが言われてみれば同意する、というような潜在的な認識を集団の世論として把握することができるため、特にカルチャーのような繊細なテーマにおいては有効なツールとなる。
加えて、その前段階として、基礎的なドキュメントを分析することも有用である。採用サイトでのメッセージ、CEOメッセージやメールの内容、表彰の事例とその理由、社内報においてどのようなことが称賛されているのかなど、表面に現れている事象を把握しておくことは、実態を深堀する際のヒントとなりうる。組織の一体運営として「One XXX」などのスローガンが重視されていながら、実態としては個別の事業の業績が主として表彰されているという例もみられる。様々な制度やコミュニケーションが、目指すカルチャーと合理的にマッチしているのか、このような情報を見るだけでも明らかになることがある。
このような情報に加えて、エンゲージメントサーベイの自由記述や、退職時のExitインタビュー、残業時間や有休消化率、離職率などの従業員に関するデータ、360度評価の結果を組み合わせて分析することによって、カルチャーが人的資本の様々な側面にどのように影響しているかを客観的データとともに明らかにすることができる。このような複合的なデータ分析においては、必ずしも目を見張るような綺麗な統計的な結果が出てくるとは限らないため、無理に結果をひねり出すよりも、大まかな傾向をつかむ目的として活用することが推奨される。
おわりに
カルチャーの監査は、問題が生じている組織を糾弾するような形で扱うのではなく、あくまで客観的な状況として現状を理解し、あるべき姿や戦略の実現と整合しているか、という課題として捉えるべきものである。そこから、経営に対しては、「カルチャーの観点から経営としてどういうリスクが考えうるのか、どこに改善機会があるのか」というコミュニケーションが重要になる一方、従業員に対しては、「非常に貴重な意見をお聞きすることができたので、改善のために一緒に考えていきたい」という当事者意識と参画感を醸成するような伝え方、巻き込み方が肝となる。監査結果を具体的なアクションに落とし込み、経営の高度化に活用することができれば、非常に強力なツールとなる。
財務の監査が財務の健全性を確認するのと同様に、組織のカルチャーの健全性をカルチャー監査が診断することで、目に見えにくい人的資本の状況を可視化し、戦略実現やエンゲージメント向上のためのよいカルチャーを醸成していくことにつなげることができる。カルチャー監査は、目に見えないカルチャーを目に見えるものにし、意図的に目指すカルチャーをつくるための、組織変革の端緒となる取り組みである。
