
1. 背景
日本企業の人事制度・システムに関して、急速に変化する事業環境への適応やグローバルマネジメントの推進等を背景に、職能型から職務型(およびジョブ型)への移行を検討・実行している企業が増えている。「ジョブ型人事」は、例えば職務内容記述書(Job Description)の整備など、一部の取組によって実現されるものではなく、仕事・ジョブを基軸とした労働取引の考え方に基づき、等級・報酬・評価など人事制度全体を一体的に運用するシステムである。従って単一の施策によってジョブ型人事が完成するわけではないが、その中でも等級は、報酬や評価などその他の人事制度や、人材配置・育成など各種人材施策の基盤となる極めて重要な要素と言える。職務型・ジョブ型人事では、個人の能力やスキルではなく役割・ポジションに求められる責任の大きさに基づいて等級を決めるため、職務評価を行うことが不可欠となる。職務評価の実施には一定の技術も必要であることに加え、実務上は関係者間の合意形成の難しさに起因する課題が多い。
本稿ではその難しさを、「人事」と「ビジネス側」が重視する視点の違いを基に整理し、対応の方向性を考察する。主な読者としては、職務評価を実施・導入しようとする人事担当者を想定しており、特にビジネス側担当者の見落としがちなポイントを適切に指摘できず、その主張のままに等級が決まってしまうようなケースに際して、人事として着目すべきポイントの事例も本稿後半部分で扱っている。
2. 職務評価とは何か
職務評価(Job Grading / Job Evaluation)とは、各役割・ポジションに求められる職務・責任の大きさを評価し、等級化するプロセスである。ポジションの新設時や既存ポジションの役割変更時に、人事担当者によって行われる。職務評価に割ける工数や目指す精度は企業によって異なるが、多くの企業では当社のGGS(Global Grading System)を含む、外部のツールやメソドロジーを活用している。その背景には、独自開発の難しさに加え、以下の観点から公平性・一貫性を担保したいという意図がある。
社内の観点:全社横断的な公平性・一貫性の確保
職務の性質は、部署や職種によって大きく異なるため、共通の基準に基づいて評価するには体系化されたロジックが必要である[1]。例えば、売上等の数値目標を抱える営業部門と、人事や財務などのコーポレート部門とでは、職務の特徴(求められる専門性、問題解決力、コミュニケーション力など)が異なるが、これらを公平に評価するための基準を自前で一から組み立てるのは非常に難しい。
社外の観点:市場との比較可能性の担保
職務評価により特定された等級は、外部の報酬水準との比較(ベンチマーク)に用いられる(また、組織構造の分析や職務構造・内容のベンチマークなどを行うこともある)。そうした他社比較を行う上では、他社と同一のツール・メソドロジーを使用すること自体が価値を持つ。
こうしたツールによって等級の算出自体はサポートされるものの、結果に対する人事とビジネス側の担当者(評価対象ポジションの上長であることが多い)の合意形成に苦労するケースが多く見られる。
3. 職務評価はなぜ合意形成が難しいのか
大前提として、人事は事業成長のために必要な機能・サービスをビジネスサイドのニーズに従って提供することが最大の目的であることに疑いの余地はない。しかしながら人事とビジネスには役割の違いから重視する観点が相対的に異なり、この違いが職務評価結果に関する合意形成を難しくする原因となっている。一般に、人事は人事機能の側面から全社最適・長期安定性を重視する傾向がある一方、ビジネス側は担当する目の前の事業を成功に導くために必要な観点を重視する傾向が強い。一概には言えないが、その結果として、人事は等級を抑制する方向へ、ビジネスは等級を引上げる方向へ、主張する構図が生まれやすい。両者が重視するポイントについて、以下の通り挙げる。
人事担当者が重視することが多いポイント
会社全体として長期に安定した事業運営を目指す観点から、下記の観点を重視することが多い
表1:人事担当者が重視する観点
表1 重視する観点 概要 【評価対象の一貫性】 一貫してポジションの”職務”・”役割”を対象として評価する 職務型の等級制度における、職務評価の前提となる原理。個人の能力や事情、単年度の成果は評価や報酬で扱うことが多い。 【全社公平性の確保】 全社横断での公平性・一貫性の確保 これを担保するため、人事が使用するツール・観点として以下が挙げられる。 • 職務評価ツール/メソドロジー:メソドロジーに沿った判断により業種・職種に左右されず一貫性を持った評価が可能となる。
• キャリブレーション(Calibration):もとは「測定器の校正」を意味する言葉だが、職務評価の文脈では類似の複数ポジションを集めて相対感や基準のずれがないかの確認を行うことを指す。各ポジションを単独で見ているだけでは気付かないずれを正すことができる。
• 組織構成に関する定量分析:組織における各等級の比率などの定量的な情報を整備し分析することで、組織構成の適正性などよりマクロな視点での確認が可能となる。
【長期目線のコスト】 持続可能な人件費構造の維持 等級は報酬に直結するため、等級を検討する段階から、全社目線で許容可能なコストを見極める必要もある[2]。特に市場との比較を通じた適正な人件費の特定や、長期的なコストインパクトも見据えたコスト構造の管理も関心事となる。人件費の下方硬直性(一度上げた給料を下げることは困難)を踏まえて、持続可能性を判断する。 【長期目線の人材育成・配置】 全社横断での人材配置の最適化(タレントマネジメント) 人事主導での部署横断的な人材配置による人材マネジメント・育成を行う場合、当該部署における状況だけでなく、長期的な従業員のキャリアパスを踏まえた等級判断が必要となる可能性がある。 ビジネス側担当者が重視することが多いポイント
担当する目の前の事業を成功に導くことを目指し、下記の観点から等級を高めたいと考えることが多い
表2:ビジネス側担当者が重視する観点
表2 重視する観点 具体例(等級を高めたいと考える背景) 【事業】事業成功のために十分なケイパビリティを備えるべく、右の観点から等級を高くしたい • なるべく能力・スキルの高い従業員を多く採用・維持するために、、、
• いま自分が担当する短期・中期の目標達成のために、長期的な人件費や会社全体のバランスはともかく、、、
• この事業は、他の事業と比較しても当社にとって非常に重要で、優秀な人材が必要なので、、、
• この事業は非常に複雑性や難易度が高く、高度な専門性やスキルを持った人材が必要なので、、、
【組織】日々の組織を継続的に運営するべく、右の観点から等級を高くしたい • 辞められると全体の業務が回らなくなるので、、、
• 労働市場でも非常に希少価値が高く辞められては困るので、、、
• この人の担当業務は属人性が高く辞められては困るので、、、
【従業員】日々接する従業員を労うべく、右の観点から等級を高くしたい • 業務量が多く、残業もたくさんしてもらって大変なので、、、
• 多様な関係者との複雑な利害調整が必要な、精神を削られる仕事をしてもらっているので、、、
• 前年度に比べて業務量・所管範囲が増えているので、、、
• 間に落ちる仕事や周囲が嫌がる仕事など、表に見えない働きをしてもらっているので、、、
4. 課題と対応のためのポイント
最後に、こうした重点の違いに起因した課題とその対応について簡単に触れておく。まず前提として、たとえ人事側に等級の最終決定権がある場合でも、ビジネス側担当者への一方通行ではなく双方向の対話が重要であることは言うまでもない。また、最終的に完全な合意に至らない場合でも、人事の判断軸を話せる範囲で誠実に伝えることも重要である。その他、人事担当者としての対応に関する課題と大まかな対応の方向性について、以下の2点を挙げる。
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メソドロジーの説明に終始してしまう
職務評価は、ツール/メソドロジーに定められた定義や条件を機械的に当てはめていくことで一意に等級が決まるとは限らない。ツール/メソドロジーは多様なジョブを一貫した基準に基づいて比較するための共通言語であり、ビジネス側に伝える際には個々の状況に合わせてカスタマイズ(あるいは翻訳)したうえで伝えないと納得は得られない、という認識を持ってプロセスを進めることが重要である。機械的なメソドロジーの適用に陥っている場合には、初めから職務評価ツール/メソドロジーのコンセプトに沿ってジョブを理解するアプローチではなく、一旦メソドロジーは脇に置いておき、ビジネス側のジョブに対する認識の理解に集中することを推奨する。時間と作業負担の許す範囲で、ビジネス側から必要な情報(ヒアリング、職務内容記述書、部署紹介資料、年間・中長期計画関連資料等)を収集し、まずは感覚を一致させることを目指す。その上でメソドロジーを使って客観的な説明を試みるアプローチを取ることで、ビジネス側担当者の「人事はよく分かっている」という安心感・信頼感の獲得と、メソドロジーに基づいた公平性・一貫性の担保の両立を図ることができる。
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ビジネス側担当者の説明に流され過ぎてしまう
1点目とは反対に、ビジネス側担当者の説明を尊重するあまり、メソドロジーの観点からの検討が不十分なまま、等級を決めてしまう状況も考えられる。公平性・一貫性を損なわないためにも、メソドロジーへの翻訳を通じた批判的検証のプロセスを欠かさないことが重要である。特にビジネス側担当者の主張する内容は、日々の組織・業務運営等の直接の体験に基づいてなされるため、説得力のある内容と感じられることも多い。それによって、人事担当者としては「本当にこのまま主張を受け入れて問題ないのか」という違和感を多少抱えながらも、一方で指摘すべきポイントが見つからないために、ビジネス側担当者の主張内容に基づいた等級に決着するというケースも考えられる。ビジネス側担当者の主張が間違っているわけではないため、職務評価に際して考慮すべきポイントを適切に指摘するには、職責の大きさを表現する各コンセプトを厳密に理解したうえで一貫性のある解釈へとつなげる力を養い、実例に触れた際にそれを具体的に表現する経験が重要となるが、メソドロジーへの翻訳というプロセスは、まさにこの点と対応しているとも言える。以下にその対応例を示す。
表3:ビジネス側担当者による主張とその対応のイメージ
表3 主張内容例 メソドロジーへの翻訳のための対応例 例1:「ポジションAもポジションBも、部署Xの戦略・計画策定に重要な責任を持つ」 【意思決定権者の特定】AとBがお互い相談しながら戦略を形成するといった状況も考えられるが、本当に両ポジションともにその責任があると言えるのか、実質的に片方が主導することはないのか、意見が食い違った場合に最終的に決めるのはどちらなのかなど、本当に両者ともが意思決定責任者と言えるのか検討を行う。 例2:「当該ポジションには、極めて高度な専門性が求められる」 【人の評価とジョブの評価の分離】そのポジションの役割として高度な専門性が必要なのか、現任者が高度な専門性を持っているということなのか、区別して考える必要がある 例3:「当該ポジションには、多くの関係者の板挟みの中で落とし所を見つけないといけない大変な仕事が求められる」 【仕事の性質の整理・定義】その仕事の特徴が、効果的なコミュニケーションが求められる「交渉力」にあるのか、最適解を見つけるための「問題解決力」にあるとみるのかなど、コンセプトを特定したうえで、メソドロジーで定められた要件を満たすか否かの判断を行う。 例4:「当該ポジションは、コーポレート機能Aのうち領域Xを担うが、それは会社全体に影響を与える責任の大きい仕事である」 【「影響」の解釈】確かに領域Xは、会社全体をカバーする機能であるため、会社全体に影響力を持つとも言える。しかし、会社全体の経営戦略策定を担うポジションや、会社全体の収益の70%を担う事業責任者のポジションなどと比較して、真の意味で会社全体への「影響」があると解釈して問題ないかの検討を行う。 例5:「当該ポジションは、非常にイノベーティブな思考力・問題解決力を要する」 【「問題解決力」の解釈】新規性(世界初/業界初/社内初、既存枠組みからの距離など)、問題設定力(問いの再定義、未認識の課題発掘など)、実現性(技術面、運用面など)、再現性、など様々な観点の中から、どのような点で「イノベーティブ」であるのか、また人事担当者としてはどのような点では「イノベーティブではない」と言えそうか、観点を特定した議論を行う。 また、人事関連の通常業務で忙しい日々において、上記のような点を1つ1つ精査し、ビジネスとの丁寧な対話を行うことは容易ではないが、生成AI等のテクノロジーを活用した情報収集・分析の効率化も有効である。WTWも、職務評価の自動化ツールとして、職務内容記述書を読み込ませると自動でGGSに従って等級を算出するツールである、Automated Job Leveling(AJL)を提供している。こうしたAI・テクノロジーの活用においては、人間の目によるチェックが必須となるが、議論の「叩き台」作成の効率化に資する可能性が高いため、積極的な活用を是非とも検討されたい。
脚注
- 職務評価ツール/メソドロジーにおいて用いられるフレームワークは個別に異なる。WTWが提供するGGSにおいては、専門知識、事業の知見、リーダーシップ、問題解決、影響の性質、影響の範囲、対人スキルの7つの観点それぞれに対して、2~3段階のレベル定義が設定されており、当てはまるレベルを特定することで最終的に1つの等級が特定される仕組みとなっている。 本文に戻る
- 人件費も含めたコスト管理の責任がビジネス側にある場合は、当然ビジネ側の担当者もこの点を重視することになる。ただしその場合にも、ビジネス側は短期の業績向上のための対応を優先し、人事側は長期的に持続可能なコストの実現を優先するという重点の違いは残る可能性が高い。 本文に戻る
