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ジョブ型人事制度は導入して終わりではない

処遇制度の見直しから、人材フローの再設計へ

筆者

安達 悠弥
2026年9月1日

ジョブ型人事制度の要点は処遇制度の見直しから人材フローへ

昨今、多くの日本企業でジョブ型人事制度の導入が進んでいます。職務の大きさや責任範囲に基づいて等級を決め、職務に応じて報酬や評価を設計する考え方は、従来の年功的、属人的な人事運用を見直すうえで重要な転換点となっています。

一方で、ジョブ型人事制度を導入した企業からは、制度導入後の運用に関する悩みも聞かれるようになっています。例えば、職務記述書は整備したものの実際の配置は従来通り会社主導で行われている、グレードは職務に基づいて決めたものの異動や育成は従来のローテーション型のままである、あるいは職務要件に基づく制度でありながら、社員にどのようなキャリアを示せばよいのかが十分に整理されていない、といった問題です。

ジョブ型人事制度の導入にあたっては、まず等級、報酬、評価といった「処遇」の仕組みを見直すことが多くなります。これは自然な進め方です。処遇は、職務評価をもとにした等級体系、報酬レンジ、評価基準を整備することで、比較的制度として形にしやすい領域です。従来の「人」や「能力」に紐づく処遇から、「ジョブ」や「職責」に紐づく処遇へと変えることで、制度上はジョブ型の考え方を取り入れることができます。

しかし、ジョブ型人事制度を本当に機能させるためには、処遇制度の変更だけでは十分ではありません。より難しいのは、採用、異動配置、退職といった「人材フロー」の考え方をどう変えていくかです。

処遇は変えられても、人材フローは簡単には変わらない

人事の扱う領域を大きく分けると、等級、報酬、評価といった処遇の領域と、採用、異動配置、退職といった人材フローの領域があります。

ジョブ型人事制度の導入では、処遇の領域について、職務を起点に再設計することが比較的明確です。職務の大きさや責任範囲を評価し、それに応じて等級を設定し、報酬や評価の考え方を整える。もちろん実務上の難しさはありますが、「処遇を能力ではなくジョブに紐づける」という方向性は比較的分かりやすいものです。

一方で、人材フローの領域はそう単純ではありません。ジョブ型の考え方に立てば、必要な職務に対して必要なスキルや経験を持つ人材を獲得し、配置し、必要に応じて入れ替えていくことが基本になります。しかし、日本企業では、長期雇用を前提に社員を育成し、会社主導で異動配置を行い、退職は例外的なものとして扱う慣行が長く続いてきました。

このため、日本企業でジョブ型人事制度を導入しても、人材フローを一気に欧米型(一定の人材代謝も前提としつつ、職務要件を起点に、社内外から必要な人材を獲得・配置し、本人のキャリア自律や社内公募も活用しながら人材の流動性を高めていく仕組み)へ変えることは現実的ではありません。日本では、解雇規制や配置転換に関する法的・実務的な制約、新卒一括採用やゼネラリスト育成といった長年の慣行、社員側の雇用安定への期待が残っています。そのため、等級・報酬・評価は職務基準へ移行しつつも、採用・異動配置・退職については従来の日本型雇用慣行を一定程度残しながら見直す、いわば「ハイブリッド型」の運用が現実的な選択肢となります。

したがって、重要なのは「完全なジョブ型にするか、従来型を維持するか」という二者択一ではありません。重要なポイントは自社の事業特性、人材戦略、雇用慣行、従業員の受け止め方を踏まえ、処遇だけに留まらずどの領域をどこまで職務起点に変えていくのかを設計することです。

採用と退職は、一定の方向性を置きやすい

人材フローのうち、採用については比較的見直しの方向性を描きやすい領域です。

従来の新卒一括採用をすべて否定する必要は必ずしもありません。新卒採用には、企業文化への適応、長期的な育成、将来の幹部候補形成といった利点があります。一方で、技術革新や事業環境の変化が速くなる中では、自社内で時間をかけて育成するだけでは必要な人材を十分に確保できない場面も増えています。

そのため、今後は新卒採用と中途採用のミックスを高めることが一つの方向性になります。新卒採用では将来の成長可能性を重視しつつ、中途採用では特定の職務やスキルに即した人材を外部から獲得する。こうした組み合わせにより、長期的な人材育成と即戦力人材の確保を両立しやすくなります。

退職について、日本企業においては慎重な扱いが必要です。ジョブ型という言葉から、職務に合わない人材を積極的に退職させるというイメージを持たれることがありますが、日本の法規制や社会的受容性を踏まえると、退職勧奨を前提に制度を設計することは現実的ではありません。

一方で、これまで以上に企業と個人の関係が変化する中で、一定程度の自主的な人材代謝は想定しておく必要があります。社員が自らの専門性やキャリア志向に基づいて働く場所を選び、企業も必要な職務やスキルを明確にして人材を獲得する。そのような関係性に近づいていく中では、退職を一律に「悪いこと」と捉えるのではなく、本人のキャリア形成と企業の人材ポートフォリオの双方の観点から退職について考える姿勢が求められます。

もっとも、採用と退職については、一定の方向性を置きやすい面があります。より難しいのは、日々の人材マネジメントの中心にある異動配置です。

最も難しいのは、異動配置の考え方を変えること

ジョブ型人事制度導入後の運用課題として、特に重要なのが異動配置です。

従来の日本企業では、異動配置は会社主導で行われることが一般的でした。社員は新卒で入社した後、複数の部署や職務を経験しながら、会社に必要な人材として育成されます。異動は、本人の希望よりも、組織上の必要性や将来の育成期待を踏まえて決まることが多くありました。

この仕組みには一定の合理性があります。例えば、幅広い経験を通じて会社全体を理解する人材を育てることができる、組織の人員需給に柔軟に対応できる、長期的な視点で社員を育成できる、といった利点です。

しかし、ジョブ型人事制度では、職務の内容や要件を明確にし、その職務に適した人材を配置することが重要になります。誰をどのポジションに就けるかは、本人の年次や過去の社内経験だけではなく、その職務に求められるスキル、経験、コンピテンシー、責任範囲との適合性に基づいて判断されるべきです。

ここに、ジョブ型制度と日本の従来型運用との不整合が生じます。

等級や報酬は職務に基づいて設計されているにもかかわらず、実際の異動配置は従来通り会社都合のローテーションで決まる。職務記述書では専門性や職務要件を明確にしているにもかかわらず、配置の際には本人のスキルやキャリア志向との適合性が十分に確認されない。専門性を高めることを期待しながら、短期間で職務を変える異動が繰り返されることがある。

このような状態では、制度上はジョブ型であっても、実際の人材マネジメントは従来型のままになります。社員から見ると、「職務に基づく制度と言いながら、実際には会社都合で異動が決まる」「専門性を高めるべきなのか、幅広い経験を積むべきなのか分からない」といった混乱が生じます。

異動配置をどう見直すべきか

ジョブ型人事制度のもとで異動配置を見直す際には、単に配置ルールを変更するだけでは十分ではありません。重要なポイントは、①異動配置の目的を明確にすること、②適切な意思決定プロセスとガバナンスを整備すること、③職務と人材をつなぐ運用基盤を構築することの3点です。

① 異動配置の目的を明確にする

まず重要なのは、企業として異動配置を何のために実施するのかを整理することです。

従来の日本企業では、異動は人材育成や組織運営上の必要性を目的として実施されることが多くありました。一方、ジョブ型人事制度のもとでは、欠員補充、後継者育成、専門性の強化、事業戦略の実現など、異動ごとに異なる目的を明確にし、その目的に応じて対象者や判断基準を設計することがより強く求められます。
また、期待人材像やキャリアパスを明確にすることも重要です。どのような経験や職務を経て将来のマネジメント人材や専門人材を育成するのかを定義しなければ、異動配置の判断は属人的になりやすくなります。異動の目的とキャリアパスが整理されていない場合、結果として従来型のローテーション運用に戻ってしまう可能性があります。

② 意思決定プロセスとガバナンスを整備する

次に重要なのは、異動配置に関する意思決定プロセスとガバナンスを整備することです。

どのような異動を誰が判断し、どのような基準で承認するのかを明確にしなければ、部門ごとに判断基準が異なる状態となり、重要ポジションやリーダー候補人材の配置が個別判断に依存しやすくなります。
特に重要ポジションや後継者候補の配置については、事業部門、人事部門、HRBP、経営層などの役割分担を整理し、タレントレビューやサクセッションプランと連動させながら運用することが求められます。ジョブ型人事制度においては、異動配置を単なる人員配置ではなく、人材戦略を実現するための重要な経営プロセスとして位置付ける必要があります。

③ 職務と人材をつなぐ運用基盤を構築する

最後に、職務要件と人材情報を可視化する運用基盤の整備が必要です。

各ポジションに求められる職務要件を明確化するための職務記述書(JD)やJob Architectureを整備するとともに、社員の経験、スキル、コンピテンシー、キャリア志向などの情報を蓄積し、職務と人材を結び付ける仕組みを構築することが求められます。
また、こうした仕組みを機能させるためには、人事制度との連携も重要です。評価制度、育成計画、キャリア面談などを通じて人材情報を継続的に更新するとともに、管理職が職務要件に基づいて育成や配置の判断を行えるよう教育やコミュニケーションを進める必要があります。異動配置は人事担当者や管理職の経験則だけで判断するのではなく、職務要件と人材情報に基づいて意思決定できる状態を目指すことが重要です。

ハイブリッド型の運用を前提に、方針を明確にする

日本の雇用慣行や退職に関する法的・実務的な制約が大きく変化するまでには、なお時間を要すると考えられます。そのため、日本企業が当面目指すべき姿は、欧米型のジョブ型人事制度をそのまま導入することではなく、日本型雇用の強みを活かしながら職務起点の考え方を取り入れたハイブリッド型の運用を設計することです。

重要なのは、ジョブ型制度と従来型運用のどちらかを選択することではありません。むしろ、自社の事業特性や人材戦略を踏まえながら、どの領域で職務要件を重視し、どの領域で従来の育成や配置の考え方を維持するのかを明確にすることが重要です。

例えば、異動配置において、すべてを職務適合性のみで決定するのではなく、将来の経営人材育成を目的としたローテーションや計画的な異動を一定程度維持することも有効な選択肢です。一方で、高度専門職や専門性が求められる職種については、職務要件との適合性をより重視した配置運用が求められるでしょう。

そのため企業は、少なくとも次の点について自社としての方針を明確にしておく必要があります。

  • 異動配置の目的をどのように分類・整理するのか
  • どの職種・職務で職務要件を優先するのか
  • どの層・人材群で育成ローテーションを維持するのか
  • 誰がどのような基準で異動配置を判断するのか
  • タレントレビューや後継者計画とどのように連動させるのか
  • 社員のキャリア志向をどのように把握し、配置へ反映するのか

ハイブリッド型の運用で避けるべきなのは、制度上はジョブ型でありながら、運用方針が曖昧なまま従来の配置慣行が継続することです。ジョブ型人事制度を定着させるためには、制度設計だけでなく、異動配置に関する目的、判断基準、役割分担、運用ルールを明確にし、人材マネジメント全体として一貫性のある仕組みを構築することが重要です。

おわりに

ジョブ型人事制度の導入は、等級、報酬、評価の仕組みを変える大きな取り組みです。しかし、その成否は制度設計だけで決まるものではありません。むしろ導入後に、採用、異動配置、退職、育成、キャリア形成といった人材フローをどのように運用していくかによって、制度の実効性は大きく左右されます。

特に日本企業においては、処遇をジョブに紐づけることはできても、人材フローを一気に欧米のように変えることは容易ではありません。法規制、雇用慣行、社員の心理的期待、長期育成の仕組みなどを踏まえると、現実的には従来型とジョブ型を組み合わせたハイブリッド型の運用が求められます。

その中でも、異動配置は最も難しい領域です。会社主導のローテーションをどこまで残すのか。本人のキャリア志向をどのように尊重するのか。職務要件と育成目的をどのように両立するのか。これらの問いに向き合わなければ、ジョブ型人事制度は形だけの制度になりかねません。

ジョブ型人事制度は、導入して終わりではありません。処遇制度を整える段階から、人材フローを再設計し、職務起点の人材マネジメントを実際の運用に落とし込む段階へ。多くの日本企業にとって、次の課題はそこにあります。

執筆者

安達 悠弥, ディレクター Work, Rewards & Careers

安達 悠弥

ディレクター
Work, Rewards & Careers

大手証券会社を経てWTWに参画。幅広い業種の企業に対し、人事制度設計、報酬分析・コンサルティング、タレントマネジメント支援等のプロジェクトに従事。共著である『職務記述書 作成と運用』(労務行政研究所)において、WTWの職務評価手法であるGGS (Global Grading System) を用いた職務評価について解説。