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ポストコロナの人材戦略に基づいた制度改革のポイント

執筆者 堀之内 俊也 | 2023年5月16日

最近注目を集めている「住宅支援施策の改革」について、後編となる本稿では、実際にプロジェクトを進めるに際して直面しやすい個別の論点について、具体例を基にQ&A形式で取り上げる。
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4.改革の実践に際しての個別論点Q&A

ここまで制度改革プロジェクトの勘どころについて一通り確認してきたが、以下では実際にプロジェクトを進めるに際して直面しやすい個別の論点について、具体例を基にQ&A形式で取り上げることとする。

[1]制度の目的

これは、住宅支援施策を実施してきた長い歴史を有する企業が陥りやすいケースと思われる。それぞれの制度・施策が歴史的に別々に成立してきた経緯から互いに連動していないために、全体として処遇が充実していることはなんとなく理解されていても、バラバラな制度・施策が林立している状態といえる。会社の視点で「全体としての目的や処遇方針を定めにくい」状況とは、社員の視点からも、会社による「制度・施策全体として、このような処遇を行いたい」というメッセージが伝わっていないことを意味しており、個々の制度・施策の費用対効果が低下していることが懸念される状況である。

これに対して、一般的にはまず、会社としてのあるべき処遇方針を定め、これに基づいて制度・施策を組み立てていく(再編する)アプローチが想定される。一方、このような進め方が難しい場合には、例えば住宅支援施策に関連するすべての制度・施策の利用率を確認するとともに、フォーカスグループインタビュー(共通した属性を持つ社員間で小規模のグループ 〔フォーカスグループ〕 を構成し、同グループ単位でインタビューを行う調査手法)や社員意識調査などを実施することにより、社員に評価されている制度・施策を見極め、これを基準として処遇方針および制度・施策を再構築することが考えられる。せっかくの見直しの機会を活用し、並立していた制度・施策を抜け漏れなく対象として、一つの処遇方針の下で全体を再編することを目指したい。

(前編)2.では、制度を取り巻く環境の変化から、企業の実施する住宅支援施策に関して、近年見直しの必要性が高まっていることについて説明した。ただ、このことをもって、すべての会社に対して住宅支援施策を廃止することを推奨するわけではない。

例えば、社員の全国転勤が必要不可欠となる事業の進め方を採用している場合には、社命に基づいた転居を伴う転勤に対して、会社が転籍者支援を行うことには十分な必要性・合理性がある。また、一般の住宅地から離れた研究施設や工場で働く必要がある職務に就く社員に対しては、会社が職場近隣に集合住宅を提供するなど、出社勤務を前提とした住宅支援施策の提供が最適な選択であることも考えられる。ここで重要となるのは、“世の中で何がトレンドか”ではなく、“自社の人材に対する処遇として何が適しているか”の視点である。住宅支援施策が自社の事業の進め方や社員の指向に合っている場合には、制度・施策の費用対効果も高いことが期待される。自信を持って推進していくとよいだろう。

[2]対象者の範囲

転勤者支援は、多くの場合、すべての転勤者を一様に対象とするのではなく、経済的負担の大きさや転勤期間などを考慮して、支援の範囲に何らかの基準を設けて制限することにより実施されている。この支援の範囲の基準は各社各様であり、一般的な基準などは特に存在しない。このため、転勤者を対象とした支援を行おうとする場合には、まず自社の事業の進め方の中で、どのような場合に社命に基づいた転居を伴う異動を実施するのかを整理した上で、これらの転勤者のうち、どの範囲までを支援の対象とするかを定める必要がある。転勤者の支援の範囲を検討する際に論点となり得る項目の一例を[図表11]に示しているが、このほかにも自社オフィスのロケーションや社内における転勤の位置付け(重要度)など、固有の事情に基づく判断のポイントもあると考えられるので、支援の範囲の基準は個社の事情に応じて大きく変わることになる。

図表 11. 転勤者の支援の範囲検討に際しての論点の一例

図表 11. 転勤者の支援の範囲検討に際しての論点の一例
想定される論点 支援範囲限定の例 補足として想定される論点
通勤時間
  • 転勤先へ一定時間内で通勤できる場合は転居を伴う転勤とみなさない
  • 通勤時間の上限に地域差を設けるか
  • 通勤経路・通勤手段による差異をどれだけ許容するか(しないか)
居住可能住宅の有無
  • 転勤先へ通勤可能な地域に居住可能な住宅を有する場合には転勤者支援の対象としない
  • 居住可能な住宅をどこまでとするか(親族の住宅等を含めるか)
家族帯同の有無
  • 単身赴任者のみを転勤者支援の対象とする
  • 転勤後のステータス変更(単身赴任→家族帯同、家族帯同→単身赴任)をどう取り扱うか
  • 単身赴任者と家族帯同者の間に支援の差をどのように設けるか(設けないか)
本拠地(本人が拠点として指定する地域)
  • 転居を伴う転勤により本拠地へ戻る場合には転勤者支援の対象としない
  • 本拠地の変更はどのような時に発生すると規定するか(「転勤先での住宅の取得」「転勤後一定年数経過」など)
その他の属性
  • 一定の属性(グレード・社内資格・職種・雇用形態・年齢・勤続年数など)の範囲内のみを転勤者支援の対象とする
  • 転勤後の属性変更をどう取り扱うか
経過年数
  • 転居を伴う転勤後、転勤先で一定年数を経過した場合には転勤者支援の対象から外れる
  • 転居を伴う転勤発令の頻度に対してどのように設定するか

なお、本稿では住宅支援施策を検討の対象としているが、転勤者に対する支援としてはこのほかにも、転居時に発生する引っ越し代などの一時費用を支援する施策などが考えられる。これらは転勤規定など専用の社内規定によりカバーされていることが一般的であるが、住宅支援施策において転勤者支援を検討する際には、こちらについても併せて検討が必要となるだろう。

コロナ禍で普及の進んだ在宅勤務であるが、在宅勤務者割合の増加に伴ってオフィス利用率の低下を反映したオフィス面積の削減を実施する企業も現れていることなどを踏まえると、会社がオフィス運営費用を削減した分、個々の社員の自宅を業務で利用することについて、会社として何らかの経済的支援を行うことも想定される。この場合の位置付けについては、在宅勤務が社命に基づいた固定的な施策か、本人選択によりオフィス勤務・在宅勤務を選択できる制度か等の面から整理を進めるとよいだろう。

在宅勤務が社命に基づいた固定的な施策となっている典型的な例としては、自社のオフィスが存在しない地域において、地方営業拠点としての社命を受けた転勤者がホームオフィスを基点として活動するケースなどが挙げられる。この場合は、多くが既に住宅支援施策における転勤者支援の対象にも含まれていることが想定されるが、これに加え、自宅がオフィスの一部と位置づけられていることに対する追加的負担への補償として、通常の転勤者に対する住宅支援施策よりも手厚い経済的支援を行うことや、通信機器・電話・インターネット回線の設置・利用費用、光熱費その他のオフィス運営費用を追加で支援することなどが考えられるだろう。

一方、就業場所はオフィスとされているが、在宅勤務がオフィス勤務と選択可能になっている場合は、基本的にはオフィス勤務者として取り扱いつつ、在宅勤務による追加的負担に対する支援の要否を検討するとよい。住宅支援施策の面では、社命に基づいた転居を伴う転勤者ではない限りは、他の一般のオフィス勤務者と同様に「転勤者に対象を限定しない支援」の対象という位置づけのままでよい。その上で、在宅勤務の頻度や、在宅勤務に対する会社からの要請の度合いなどに応じて、通信費や光熱費の一部をオフィス運営費用とみなして、在宅勤務による通勤交通費の減額分との差額を「在宅勤務手当」のような形で支援することなどが考えられる。また、一般に利用可能なサテライトオフィスやコワーキングスペースなど、オフィスとも自宅とも異なる場所を利用して働くことを認める場合には、その利用費用なども含めて支援を検討するとよいだろう。

なお、最近採用する企業が増加している、「原則出社不要、主たる就業場所を自宅とする」などの新たな雇用形態に関しては、少し異なる対応を考える必要がある。この場合には、

  • 住宅支援施策そのものは変えずに「転勤者に対象を限定しない支援」の対象という位置づけとしつつ、就業場所がオフィスとされている社員の在宅勤務よりもオフィス運営費用とみなして支援する範囲を拡大する
  • 住宅支援施策にこの雇用形態を前提として織り込んだ、抜本的な制度改定を実施する

──のいずれとするかが最初の検討ポイントとなるだろう。

[3]付与水準

住宅支援施策の付与水準に関して、企業が福利厚生に期待する役割である「生活面での安心感を付与し仕事に集中できる環境を整える」という観点からは、住宅に関する居住支援や資産形成支援として必要十分な水準となっているか、について検証する必要がある。このためには、「貢献の対価」である基本給・賞与などの報酬と「所属の対価」である住宅支援施策などの福利厚生のバランスが維持できているかの視点を維持しつつ、他社の付与水準や地域別の賃貸住宅家賃水準などの一般相場等を参考に水準を定めるとともに、経済変動に基づいた相場の急激な動きなどを適時に反映できるよう、定期的に見直しを行うことが推奨される。

なお、住宅手当のように手当形式で支給される制度の中には、居住地の違い、世帯主/非世帯主の違い、自家/借家・借間の違いなどにかかわらず同額が支給されていたり、長年見直されることなく少額の支給が継続したりしているケースがある。このような特徴を持つ住宅手当は、当初の支給の目的であった住宅支援というよりは生活保障の一部となってしまっていると考えられ、既得権として認識はされていても、住宅支援施策としての費用対効果は低下していることが懸念される。このような場合には(中編)3.[2]の「処遇方針の策定」に立ち戻って、住宅支援を主とするのか、生活保障を主とするのか(あるいは、これらの役目を終えたとみなして、他の処遇へと振り替えるのか)、いま一度、手当支給の目的が何であるかを再確認することをお勧めしたい。

付与水準を定める際に参考とすることが推奨される市場水準のうち、他社の付与水準に関しては、『労政時報』における「社宅管理の最新実態」(第4021号-21. 9.24)や「独身寮の運営に関する最新実態」(第4020号-21. 9.10)、「諸手当の支給実態」(第4051号-23. 2.24)などの調査記事や他社事例記事が参考となる。一方、地域別の賃貸住宅家賃水準に関しては、別途情報を収集するための努力が必要となる。これには、借り上げ社宅の案件紹介や社宅管理などで取引のある不動産仲介会社、社宅管理代行サービス会社などから情報を収集することが第一に考えられるが、その他、総務省統計局「小売物価統計調査」などの一般に利用可能な統計データベースを参照することが想定される。

<市場水準確認に際して一般に利用可能なデータベースの一例>

母集団の違いなどもあり、異なるデータベース間の数値を完全に同一視することはできないが、複数のデータベースを参照することにより、都市間の賃料水準差や時系列による変化など、相対関係や市場傾向の把握がより容易になるだろう。なお、集計単位はデータベースごとに異なっているので、面積や間取りなどを利用しやすい形に加工してそろえるような一手間が必要となる点にも留意いただきたい。

[4]付与形態

借り上げ社宅と住宅手当の違いについては(中編)3.[3](1)で前述したが、これを一本化することとした場合には、両者の違いが顕在化することに留意する必要がある。

まず、借り上げ社宅への一本化に際しては、住宅手当のように、非世帯主や対象地域における住宅保有者にまで付与することはできなくなる。セカンドハウス用途などへの過剰な付与とならないよう、一般的には独身者・単身赴任者などを含む世帯主に付与対象を限定することとなるだろう。また、社員自身で契約する必要がなくなる気軽さから、より安易な転居希望などを受ける可能性も考えられるため、転勤を伴わない社員都合の転居に関しては、一定のルールに基づいた制約を設けることなども検討する必要がある。加えて、一般的には借り上げ社宅で付与される経済的価値のほうが住宅手当よりも大きいため、一本化に際して借り上げ社宅の付与水準に引き上げるとすれば、コスト増となることが想定される。これらがすべて許容範囲にあると判断される場合には、一本化も検討可能となるだろう。社員に対しては、付与のフレキシビリティーが失われる代わりに、付与される経済的価値の増加が訴求ポイントとして期待される。

一方、住宅手当への一本化に際しては、借り上げ社宅で付与している経済的価値を手当化することによる個人所得税や社会保険料の増加をどのように取り扱うかが焦点となる。社宅使用料の設定にもよるが、一般的に借り上げ社宅で付与される経済的価値は大きく、大都市圏では月当たり10万円を超えることも珍しくないため、住宅手当化した後も同等の経済的価値を個々の社員に付与するには、個人所得税や社会保険料の増加分を考慮したグロスアップ計算による手当額の設定が必要となる。借り上げ社宅の管理コスト削減分はこの原資に充てられるとしても、足りない場合にはコスト増となることが想定される。また、住宅手当の額が高額となる場合には、手当の付与対象者と非対象者との間の年収格差が新たな不公平感を生む可能性にも留意する必要がある。これらがすべて許容範囲にあると判断される場合には、一本化も検討可能となるだろう。社員に対しては、付与される経済的価値として可視化された手当額や、付与のフレキシビリティーが訴求ポイントとして期待される。

原資の制約が厳しい中で社員の満足度を最大化するために有効な施策としては、社員の選択により原資の使途を決定できるようにすることが考えられる。具体的には、他の福利厚生制度などと原資を統合して、社員による選択が可能なプログラムメニューの一つとする(カフェテリアプラン化する)ことなどがこれに該当する。

社員の視点では、会社が提供している福利厚生制度・施策の一覧性が向上することになるため、それだけでも一定の満足度向上が期待できることに加え、原資を統合することにより一つの制度・施策で利用できる原資枠は拡大するため、より多くの社員のニーズに対応することが期待される。会社の視点でも、複数の福利厚生制度を併存させて個別に周知を図るよりも効率的な制度運営を行えるようになるだろう。加えて、複数の制度の予算をカフェテリアポイントとして一括管理し、社員に対して計画的に付与できるようになることで、原資管理の点でも利便性の向上が期待できる。

[5]移行措置~社員コミュニケ―ション

現行制度・施策から新制度・施策への移行措置に関する社員コミュニケーションに際しては、(中編)3.[3](3)で説明した「移行措置の設計」と同様に、「原資の取り扱い」と「移行期間の設定」(新旧両制度・施策の併存)の2点の説明がポイントとなる。

まず、原資の取り扱いについては、設計段階で社員コミュニケーションの際に説明可能な形としておくことが重要である。原資が純減となる場合にはその制度変更に関する合理的な説明を行う必要があるのはもちろんのこと、3.で前述したとおり、原資が再配分されていることを社員が認識しやすい形とすることが推奨される。具体的には、住宅支援施策と同等程度の利用者数規模であり、利用者1人当たりの再配分原資インパクトが大きくなるその他の福利厚生制度の給付改善原資とすることなどが考えられる。こうした振り替え先が見つからないなど、原資再配分のインパクトを持たせにくいような場合には、制度移行年度の昇給原資に組み込むこととして、昇給率にインパクトを持たせることなども一つの方法である。

移行期間の設定に関しては、これを長く設定すればするほど、制度移行に関しての労使合意は得やすくなることが期待されるが、移行コストは増加する。加えて、新旧両制度・施策の併存期間が長くなり過ぎることによって、旧制度・施策の既得権者の存在が目立ってしまったり、結果として制度改革に込めたメッセージが伝わりにくくなったりすることも懸念される。検討のポイントとしては、以下が考えられる。

  • 旧制度・施策の既得権や期待権に一定程度配慮する
  • 設計段階で個々の対象社員について移行シミュレーション計算を行うなど十分な事前分析を実施する
  • その上で、個々人の生活へのインパクトを最小限に抑えるような移行措置期間を予算制約の範囲内で設定する
  • 制度改革の目的・意義や移行措置期間設定の妥当性について丁寧に説明して理解を求め、制度改革に対する社員の同意を得ることに努める

5.おわりに

住宅支援施策は、これまでに実施されてきた各社の抜本的な人事処遇制度改革などに際しても見直しの対象に含まれないことが多く、結果として長期間手付かずのまま放置されているケースも少なくない。その背景には、複数制度・施策の集合体を一斉に見直すことの難しさや、社宅管理代行サービス会社や提携金融機関などの社外関係者を巻き込むこととした際の煩雑さ・取り扱いにくさがあり、これらが総じて見直しに取り組むことを躊躇させているものと思われる。

ここまで解説してきたように、住宅支援施策の改革には一部に固有の課題も含まれているが、基本的な考え方は他の人事処遇制度改革の場合とそれほど変わるところはない。見直しに際しては、付与形態などのテクニカルな枝葉の部分に必要以上にとらわれることなく、施策の根幹である、基本給・賞与などの「貢献の対価」とバランスの取れた「所属の対価」として、社員のモチベーションを高め、生産性の向上へとつなげることができているかを常に意識していただければ、活路はおのずと見いだせることだろう。本稿がこうした見直しへと踏み出すためのきっかけとなれば幸いである。

本稿は労務行政「労政時報」第4051号(23.2.24)への寄稿『住宅支援施策見直しの実務』からの抜粋です。

執筆者

ディレクター
リタイアメント部門

トータルリワードの視点に基づいた人事処遇・報酬・退職給付制度の総合改革支援を中心に、30年を超えるコンサルティング実践経験を持つ。加えて、M&AデューデリジェンスやPMIなどのプロジェクト領域における豊富な経験を有する。年金数理人。日本アクチュアリー会正会員。日本証券アナリスト協会検定会員。


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