2026年の株主総会シーズンが近づいています。今年は、例年とは質的に異なるプレッシャーが企業に押し寄せる年になりそうです。
CGコードの5年ぶりの改訂案公表、有報の総会前開示の常態化、アクティビストの株主提案過去最多更新。この3つが同時に重なっています。いずれも独立した変化ではなく、「経営者は報酬に見合った成果を出しているのか」という問いに収斂します。経営者報酬は、株主・投資家との対話の最前線に立つテーマとなりました。
1. 規制動向 ── 何が変わるのか
足下ではCGコードの改訂に向けた議論が進んでいます。2026年2月に改訂案が示され、4月の第3回会議でさらに修正が加えられました。最終化は2026年半ば頃が見込まれます。
改訂案の方向性を貫くのは「プリンシプル化」と「スリム化」です。従来の5基本原則・31原則・47補充原則から4基本原則・20数原則へ整理される見通しで、重要な補充原則は原則に格上げされ、実務例や重複箇所は新設の「解釈指針」に移管される方向です。
経営者報酬に関する記述も簡素化され、より実質的な内容になっています。原則4-2では「経営陣の報酬については、中長期的な企業価値の向上につながるよう適切なインセンティブ付けを行うべき」とシンプルに定められ、その解釈指針で「客観性・透明性ある手続に従い報酬制度を設計し、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべき」旨が補足されるに留まります。ただ、新たに原則4-1において、取締役会は資本コストを踏まえた収益計画・資本政策の方針を示し、資源配分に関し「具体的に何を実行するのか」を説明すべきとされ、原則4-2では経営資源の配分が経営戦略に照らして適切かを「不断に検証」すべきとされ、更に解釈指針では現預金等の金融資産や実物資産等の経営資源を成長投資等に有効活用できているかの検証にまで踏み込むべきとされています。経営者の報酬制度はこうした経営戦略・資源配分と整合する形で設計されるべきである、すなわち、資本収益性や企業価値との連動が重要であるという構造が明確になったと考えられます。
有報の総会前開示:構造転換が始まった
有報の総会前開示も改訂案の原則1-2に明記されました。2025年3月期で57.7%の上場企業が総会前に有報を開示しましたが(前年1.8%)、総会前日の開示が約6割を占めるのが実情です。改訂案の解釈指針では、総会日程・基準日の後ろ倒しを含む環境整備が求められています。現行の3月31日の議決権基準日を4月末~5月末に変更し、総会を7月以降に開催することで「有報開示後の総会」を実現する構想です。アドバンテストやソラコムが先行して基準日変更の定款変更を行い、ダルトン・インベストメンツも2026年6月総会から投資先企業に基準日変更を求める株主提案を行う方針を公表しています。規制当局・企業・投資家の三者が同じ方向を向き始め、有報の報酬開示が株主の議決権行使判断に直接影響する環境が整いつつあります。
議決権行使基準:報酬に関わるポイント
議決権行使基準も厳格化が進んでいます。報酬に直接関わるところでは、野村アセットマネジメントが、モニタリング・ボードでない企業で3期連続ROE5%未満の場合に報酬増額・賞与支給に原則反対とする方針を打ち出しています。ISSはアクティビストによる報酬関連の株主提案に約8割の賛成推奨を行っており、役員報酬の個別開示への原則賛成を明記する機関投資家も出てきています。社外取締役への株式報酬についても、業績に連動しないRS・RSU等であれば許容する見方が広がりつつあり、WTWの2025年調査では日本の時価総額上位企業の約14.5%が社外取締役に株式報酬を付与しています。
2. アクティビスト ── 経営者報酬への視線
2025年の株主提案は概ね140件超となり過去最多を更新し、うちアクティビストによる提案が60件を超えました。ターゲットはPBR1倍未満の割安銘柄から、PBR1倍超・時価総額1,000億円以上の企業にも拡大し、提案内容も資本政策から役員報酬制度の見直しにまで広がっています。
アクティビストが本質的に求めているのは、企業価値向上に向けた行動を実際に起こす経営陣のコミットメントと、それが持続する安心感です。報酬制度に企業価値向上に直結する強いエネルギーが込められているかどうかを、経営陣のコミットメントの代理変数として見ています。アクティビズムの局面では、経営陣の株式保有状況やインセンティブ設計が「誰のために経営しているのか」という問いの材料になります。
CGコード改訂案においても、原則1-4において政策保有株主への「売らせない圧力」の禁止が原則に格上げされ、2026年5月には改正金商法も施行されます。安定株主の減少と機関投資家の影響力がますます拡大することにより、報酬ガバナンスの説明力がこれまで以上に問われる環境になりつつあります。
3. 経営者報酬 ── 今すぐ対応すべきこと
報酬制度の5つの点検ポイント
株式報酬比率
WTWの2025年調査では、日本のCEO報酬構成は基本報酬34%、年次インセンティブ36%、長期インセンティブ30%です。近年の日本では特に拡大基調が見られますが、米国は長期インセンティブが73%、英国でも49%です。グローバルスタンダードとの比較においては、報酬制度における中長期のアラインメントを更に強化し、経営陣の意識を引き上げるべき、またそのような意識を持つリーダーシップ人材を惹きつけるべき、という論調が生まれる余地がまだ残されています。
インセンティブ報酬のKPI
CGコード改訂案が求める「資本コストを踏まえた説明」や「資本収益性や企業価値との連動」とインセンティブ報酬のKPIが整合しているか。「なぜこの指標か」「達成すると企業価値はどう向上するか」について、株主がシンプルに腹落ちするレベルで説明できる状態が必要です。
報酬ベンチマーキングのピアグループ
変動報酬中心といえども、経営陣の報酬を引き上げていくほど、より入念にアカウンタビリティを補強する必要があります。報酬水準検証のためのピアグループをどう定めたかは、ステークホルダーにとって経営幹部の人材戦略や報酬戦略を知るうえでの重要な情報源です。欧米においてはピアグループに含まれる具体的な企業名が開示されています。自社のメッセージが明確になるよう10~20の企業群を選定し、ピアグループの設定基準やターゲット水準の根拠について、報酬委員会がどのように判断したのか明確に説明できるよう準備しておくべきでしょう。
株式保有ガイドライン
経営者と株主の長期のアラインメントを継続的に担保する仕組みとして、欧米ではCEOに基本報酬の3~8倍相当の自社株保有を求めるのが一般的です。日本でもアクティビストから導入を求める機運が高まっており、企業価値の創造や既存防止へのコミットメントを対外的に示す目的での導入が推奨されます。
マルス・クローバック条項
米国ではSEC規則で義務化済みです。日本では法的義務はありませんが、報酬ガバナンスの成熟度を測る指標として機関投資家の関心が高まっています。
報酬委員長の責務の重さを再認識する
既に日本においても報酬委員会の形式面(独立社外取締役過半数、独立社外取締役委員長)は多くの企業で整っています。課題はその先にある運用面です。
とりわけ報酬委員長の役割は重大です。インセンティブ報酬の比率が高まるほど、企業価値変動にリンクさせて経営陣のパフォーマンスをどう評価したかの判断の重みが増します。英国では、報酬委員長が年間の委員会運営の状況や決定事項の概要をステートメントとして開示し、署名することが義務付けられており、株主総会でも報酬方針を説明し質疑に応じる「顔」としての役割を担うことが標準です。米国でも、プロキシーステートメントにおいて開示される報酬議論および分析(Compensation Discussion & Analysis)の内容が適切であることを委員会として保証するため、報酬委員長及び委員の全員が署名することが義務付けられています。英米共にこうした判断の客観性や独立性、情報取得の十分性を担保するため、報酬委員会として独自に外部報酬アドバイザーを選任し、経営陣を介さない独立した助言を得て、年間を通じた体系的な審議を行います。第三者としての責任を明確にするため、外部報酬アドバイザーの名称も開示されます。
日本企業では、執行側主導で審議が進行している現実はあるものの、少なくとも年間3~6回の審議において、議論すべきアジェンダが適切にカバーされているか、個人別報酬額の決定はパフォーマンスに照らして妥当だったかは、欧米と同じように問われつつあります。CGコード改訂案が取締役会事務局の能動的運営を求めたことは、このトレンドへの対応策ともいえるでしょう。有報が総会前に開示される環境で、「なぜこの支給額に至ったのか」を報酬委員長が自らの言葉で説明できるかどうか──ここに十分に備えられるかどうかが2026年以降の株主総会の試金石になるものと思われます。
取締役会の機能と報酬は一体
そもそも取締役会が長期的な経営の方向性を適切に定め、経営資源の配分是非を不断に検証できていなければ、いくら報酬制度のレベルを上げても企業価値創造には至りません。また報酬制度の力で経営陣の行動変容を効果的に引き出すためには、幹部人材に備わる元来の資質・能力・アスピレーションも重要です。不確実性の高い経営環境の下で、経営の方向性を適切に定め、CEOを含めた後継者計画やリーダーシップチームの育成を監督していくため、社外取締役のスキルマトリックスの不断の見直し、指名・報酬委員長の適任者を常に獲得・維持するためのボードサクセッションの計画的整備も不可欠となります。取締役会実効性評価も、こうした観点から取締役会が機能しているかどうか、個々の取締役の貢献や集団としてのボードダイナミクスを定期観測する目線がますます必要になってきます。
CGコード改訂案が示す方向性──取締役会を起点とする資本コスト経営、経営資源配分の不断の検証、社外取締役と事務局の機能強化──は、経営者報酬制度の設計と運営の良し悪しにそのまま跳ね返ってきます。この問いに形式ではなく実質で応えられる企業が、2026年以降の株主総会を安定的に乗り越えていくことになるでしょう。
