メインコンテンツへスキップ
main content, press tab to continue
特集、論稿、出版物 | 企業リスク&リスクマネジメント ニュースレター

会社役員賠償責任保険(D&O保険)の免責条項と会社補償について

執筆者 山本 潔 | 2024年2月20日

会社役員賠償責任保険(D&O保険)の免責条項の理解は大変重要です。 本稿では、その中でも特に重要な「法令違反を認識しながら行った行為に起因する損害賠償請求」の免責条項がどのように適用されるかを解説します。D&O保険のような免責条項を持たない会社補償と、D&O保険の組み合わせが重要となると考えています。
Insurance Consulting and Technology
N/A

直近の事案―厳しい判決

2024年1月26日に東証プライム市場上場の製造業T社の株主代表訴訟の一審判決が大阪地方裁判所でなされました。免震ゴムの性能偽装に関して、出荷を停止して、事態を公表することを怠ったとして、当時の役員4名に計約1億5800万円の損害賠償が命じられました。当初原告株主は、性能偽装を起こさないための内部管理体制構築義務違反を申し立てており、当時の役員16人を被告としていました。その後、原告株主は役員12名に対する訴訟を取り下げました。そして、一度は、製品を販売停止して、不正を認めて公表することとしていたものの、結果として公表を行わず、再出荷したことについて、善管注意義務違反があったとして、当時の社長、製品担当取締役、品質保証担当取締役、コンプライアンス担当代表取締役の4名を被告としていました。報道によると、原告側弁護士は、「経営陣に速やかな公表義務があったとする画期的な判決」としているようです。

本件は、一審だけで約7年8カ月という長期間にわたっています。今後控訴されることになれば更に相当な時間がかかります。株主代表訴訟では、終結まで10年近くかかるものもあり、昨年控訴審が始まったT電力株主代表訴訟も現在、ほぼ12年間続いています。長期間の裁判では、弁護士費用も相当な高額となることが懸念されます。

D&O保険の発動

このような訴訟の弁護士費用を保険金で補償するために、D&O保険は重要な機能を果たします。D&O保険では、訴訟の終結を待たずに防御のための弁護士費用に保険金が支払われるという、「争訟費用の前払い」の規定があります。これにより、会社役員は、長期におよぶ訴訟も経済的負担なしに防御を行うことが可能となります。

一方、D&O保険には、保険会社が保険金を支払わない場合、いわゆる「免責条項」が規定されています。折角高額な支払限度額を設定していても、この免責条項に該当する場合にはD&O保険の補償は受けることができません。現在ご契約のD&O保険の免責条項を正しく理解することが非常に重要であると考えます。

更に、訴訟が提起された際に、免責条項に該当する可能性が高いと判断された場合には、前述の争訟費用の前払いには相当な時間がかかってしまうことがあります。このような場合、会社役員は、前払いが行われるまで自己資金で弁護士費用を手当せざるを得ない事態に陥ってしまいます。

法令違反認識の免責条項

1993年に和文D&O保険が発売された当初は、全ての損害保険会社で同一の普通保険約款を使っていましたが、現在では、各社が独自の約款で販売しています。各社標準約款の免責条項に加えて、保険契約者の特有のリスクに基づき、特別な免責条項が付帯される場合もあります。免責条項について、全てを網羅することは、本稿ではいたしませんが、特に重要な免責条項の一つである、「法令違反の認識の免責」について解説いたします。

D&O保険では、「法令に違反することを被保険者が認識しながら(認識していたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます)行った行為に起因する損害賠償請求は免責」となります。各保険会社で若干の文言の違いはありますが、この免責条項はほぼ全てのD&O保険の契約に付帯されています。

この免責条項に該当する可能性が高いと判断された場合には、D&O保険による弁護士費用の前払いは通常行われません。そして、免責条項に該当しない可能性が高いと判断されて初めて前払いがなされることとなります。役員が法令違反を認識して行為をなしていたかどうかは、役員の主観という側面もあり、その判断は裁判が一定程度進捗した時や判決が出た時点で行わざるを得ない場合もあります。

役員に法令違反の認識があれば、保険では免責となります。一方法令違反の認識がなければ、保険で弁護士費用や賠償金・和解金が保険で支払われることになります。長期に及ぶ裁判の弁護士費用をいつ保険で支払われるのか、前払いのタイミングがケースバイケースとなってしまい、場合によっては非常に時間がかかることがあることが問題であると考えています。

この免責条項の適用について争われた例として、無断保証、不正融資等により会社が損害を被ったとするF社株主代表訴訟に関連してなされた、保険金請求訴訟があります。F社元代表取締役は、この代表訴訟で計約17億円の損害賠償を命じられました。更に会社による特別調査委員会・責任追及委員会の費用と決算訂正により生じた課徴金、上場違約金等の合計約9,000万円の賠償も命じられました。元代表取締役の弁護士は、この約9,000万円に加えて、自身の弁護士費用として、約2,500万円を加えた、合計約1億1,500万円について、保険金請求訴訟をD&O保険の引受保険会社に提起しました。その後、元代表取締役が破産したため、この訴訟は破産管財人に引き継がれました。

この訴訟では、内容が抽象的である善管注意義務違反は法令違反となるか、という点と、元代表取締役に法令違反の認識があったかという点が争点となりました。裁判所(東京高判令和2年12月17日)は、会社法及び民法の委任の規定による善管注意義務は法令上の義務であるとして、善管注意義務違反の認識は、法令違反の認識であるとしました。更に、元代表取締役は、不正な会計処理を指示したことや監査法人に対して虚偽の説明をしており、自らの行為が善管注意義務に反するものであることを認識していたとして、裁判所は当該破算管財人の訴えを棄却しました。

この訴訟では、「法令違反の認識」はあったとされましたので、D&O保険では免責となったと推測されます。防御のための弁護士費用の前払いに関しても、実際にどのように取り扱われたかは分かりかねますが、この免責条項に該当する可能性があるため、なされなかったのではないかと推測されます。

また、冒頭の株主代表訴訟の事案については、被告役員に善管注意義務違反の認識があったか否かで免責条項の適用の有無は分かると思われます。

善管注意義務違反については、「このようにすべきであった」と結果論で判断されることも多いと思われますので、役員がその行為の当時にそれを認識していたかの判断が難しいことから、免責適用の判断に時間がかかることもやむを得ないという考え方もあります。

D&O保険の重要な前払い機能の一定程度の確保の観点から、この免責条項の適用判断のタイミングを訴訟の終結まで留保するという内容にしている保険会社もあります。

適用判断のタイミングを訴訟の終結まで、留保したとしても、前述のF社のケースでは、判決で善管注意義務違反を認識していたとされましたので、仮に前払いが行われていたとしても、それまで保険金で支払われた弁護士費用を被保険者は保険会社に返還する義務があります。適用判断のタイミングの違いは結論においては、同じものになるという見方もあるかもしれません。

しかし役員に対して訴訟が提起されるような事態では、何らかの法令違反が発生していたことが疑われるケースも多いと思われます。このため、法令違反の認識の免責の適用のタイミングを明記することは、結果として免責に該当しなかった被保険者に対してタイムリーに争訟費用を補償できることにつながります。これは非常に重要なポイントであると考えています。

その他の免責条項

この免責条項以外にも、例えば、初年度保険契約開始日の前に行われた行為に起因する損害賠償請求を免責とするというものや、初年度契約以前に会社に対して提起されていた訴訟およびその中で申し立てられた事実またはそれに関連する他の事実に起因する一連の損害賠償請求は免責という、保険契約のタイミングで適用される免責条項もあります。

D&O保険は会社経営の中心である役員の個人資産を訴訟等から護るという、極めて重要な役割があります。但し、一定の免責条項が付帯されており、免責条項により保険金が支払われない、また支払われるにしても相当な時間を要する場合があります。

D&O保険と会社補償は車の両輪

一方、一昨年の会社法改正で整備された会社補償に関しては、D&O保険に付帯されているような免責条項はありません。会社法上は、弁護士費用について、自己または第三者の利益を図るもしくは会社に対する害意がなければ会社補償を行うことができます。すなわち法令違反の認識があった場合でも弁護士費用は、会社補償が可能です。一方、賠償金・和解金については、善意・無重過失を要件としていますので、適用事例は限定的かも知れません。賠償金・和解金に関しては、重過失を免責としていないD&O保険で補償することが可能であると考えます。

これらのことからD&O保険と会社補償は、車の両輪の如く、役員の個人資産のリスクを護るものと考えることができます。

現時点では、まだ会社補償の導入をなされていない会社は多いと思われます。弊社の調査では2023年度3月決算の上場企業の中で、東証プライム市場上場の売上高100社でみると、約1/4強の会社が導入して、開示しています。

弊社でもD&O保険の補償内容のポイントや会社補償規定とD&O保険の整合性等のお問い合わせが、より多くなってきています。これらの点についてご確認されることは、大変重要ではないかと考えています。

執筆者

P&Cスペシャリティーズ ディビジョン・ディレクター 兼 FINEXユニット・プラクティス・リーダー
Corporate Risk and Broking

1998年から、外資系保険会社(Chubb及びAIG)でD&O保険を始めとする経営保険部門の引受責任者を歴任。本邦金融機関及び事業会社の大規模なD&O保険プログラムの組成に従事。特にグローバル企業の案件で豊富な実績を有する。


Contact us