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執筆者 平本 宏幸 | 2023年3月14日

ESGが経営にとって重要なテーマとなった昨今、企業経営者に対するステークホルダーからの要求は高まり続けています。このような中で、将来の経営リーダーを適切に選ぶためには、どのようなアプローチを用いることが必要となっているのでしょうか。本稿では、ESG時代に求められる人材アセスメントについて論じます。
ESG and Sustainability|Employee Experience
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サスティナビリティが企業の競争力を左右する重要なテーマとなった今、企業の経営者が取り扱う課題は、非常に幅広くかつ多様なものへと急速に変化しています。業界・競争環境の変化への対応のみならず、感染症パンデミック、食糧危機、エネルギー問題、気候変動、脱炭素、地政学的なリスク、サイバーセキュリティ、人権やダイバーシティへの意識の高まり、インフレーション、デジタルシフトなど、様々な課題が同時多発的に発生する中で、新たな方向性を組織に指し示して変革を主導していくことが、経営者に求められてきています。

このような激変する環境の中で、後継経営者としてどのような人材をどのように選ぶかという後継者の選定、いわゆるサクセッションプランニングは、益々難度の高い取り組みとなっています。長期的な視野で取り組むべきテーマであると同時に、将来の環境変化に対峙するために適した人材を選ぶという不確実性を伴う取り組みを効果的に進めていくために、どのようなことを考えなければならないのでしょうか。

ESGの潮流がもたらす変化

まず、経営者に求められる役割がますます高度化し、かつ不確実な将来を踏まえた流動的なものとなっていることが、前提としてあげられます。将来の業界動向や事業の競争力を考えた構想や戦略を考え、実行に移していくことにとどまらず、環境、社会、ガバナンスという観点から多様なステークホルダーの要請に応えていくことが求められるようになりました。財務的な観点からの企業価値、株主価値の向上はもちろんのこと、社会に対する価値提供という観点での責任を果たしているか否かが幅広く問われており、経営者の評価やインセンティブにおいて、ESGに関する指標が反映されることも決して例外的とはいえなくなってきています。このような社会からの要請や、取り巻く環境自体が大きく変化しうる中で、多様なステークホルダーのバランスを考慮しながら、企業全体のかじ取りを求められるのが、昨今の経営者の役割といえます。このような、経営者の役割の高度化が起きていること、そして環境自体が中長期的に大きく変わりうることを、従来からの大きな変化として認識する必要が生じています。

また、そのなかでも重要なステークホルダーである従業員、すなわち人的資本の重要性がますます高まっていることも、留意すべきでしょう。産業構造の変化、そして組織と個人との関係性の変化によって、従業員ひとりひとりのエンゲージメント、そしてそれを左右する従業員体験(Employee Experience)をどう向上させるかが、個々人の価値創造を促すためには不可欠となっています。価値をもたらす重要な存在である従業員ひとりひとりから信頼を得て、目的や目指す方向性に対して共感をもたらし、その会社で働くことの意義と自身が成長していることへの実感を持たせること、健全なコミュニティにおいて安全・健康で安心して働け、フェアに処遇される環境にあると感じてもらうことが、企業の価値を高めるための重要な経営課題として捉えられており、経営リーダーのあり様や振る舞いも、それに応じて変化が求められてきています。

そして、コーポレートガバナンスに対する規制強化と関心の高まりにより、次代の経営者の選定は、すでに多くの企業において経営者の専権事項という位置づけから取締役会の意思決定を支えるための指名委員会の重要なアジェンダへと発展し、投資家の大きな関心事項として注目を集めています。投資家の期待に適うべく、社外取締役による客観的なレビューに耐えうる仕組みを整備したうえで後継者の選定を進めていくことは、環境変化の中で将来の経営を担う人材が適切に指名されていることを対外的に説明するために必要不可欠な要素となりつつあります。指名委員会の役割・権限や活動内容を適切に開示することが求められている近時の動向を踏まえれば、確かな手続きや手法が用いられていることは、人材の選定においてますます重要となると考えられます。

必要となる人材アセスメントのアプローチ

このような変化に対して、どのようなアプローチをとることが、適した人材の選定につながるのでしょうか。上記のような世間の要請と環境の変化に対応しながら、最新の技術的なトレンドを踏まえて、ESG時代のリーダーシップ・アセスメントにおいて効果的と考えられる3つのアプローチをご紹介します。

  1. 次期経営者の重要な役割に焦点をあて、動的に要件を定める
    上記のような経営者の役割の高度化と可変性の高さにより、いわゆるリーダーシップコンピテンシーのような一般的な要件を定めてアセスメントを実施する方法では、後継者の選定においては十分でないケースが生じてきています。もちろん、多くの人材プールから一定の経営幹部候補や役員層を選定するような場合にはそのような方法は十分に機能し、むしろ標準的な基準との差異を見ることで一定のスクリーニングを行いやすくする効果もあります。しかし、こと次期経営者の選定となれば、「戦略的思考」「実行力」などのキーワードを使って、時に各社の独自の表現を工夫しながら様々に要件を定義することはできても、遠くない将来において直面するであろう役割を果たすために必要な要素を表現しきれず、形式的な評価にとどまってしまうことも少なくありません。

    経営トップの後継者を選定する際には、各社のおかれている業界や事業特性に応じて、将来の環境変化やビジネスモデルの変化を見据えつつ、どのような役割が求められるのかを丁寧に、ナラティブとして記述するアプローチをとることにより、その企業において求められる本質的な変化や、それを主人公としてリードすることとなる将来の経営者の実像を鮮明に描くことにつながります。そして、そのような独自の状況を言語化して要件として定めることにより、それを体現する人材であるか、その蓋然性が高い人材であるかを評価・判断する材料を集めることが可能となります。

    そのためには、現任の経営者に、将来の環境に対する見立てと、そこでどのような役割が次代の経営者に求められるかを語っていただくとともに、その内容について、豊富な経験・知見を有した社外取締役の客観的な視点に基づく洞察を加えるための対話のプロセスを経ることが重要となります。「将来の成長のためには、現在の主たる事業のゲームのルール自体を見直し、市場に対して新しい価値をもたらすビジョンを再定義すべきか」、「顧客や市場から真にグローバルな企業として認知されるような存在となることが、勝ち残るために不可欠なのか」、「サスティナビリティと価値創造とを結び付けるために、どのようなビジネスモデルの変革が志向されるのか」など、その会社独自の成長ストーリー、将来像を考えるための様々なキーとなる問いが考えられます。このような問いについて議論を交わすとともに、その問い自体を環境変化に応じて継続的に見直し、刷新していくような動的なプロセスを持つことが、求める経営者像に適う人材の評価・判断のために真に実効性のある要件の策定につながります。

  2. リーダーシップ・リスクを測定し対処する
    人的資本の価値を高めることが重視される状況では、前述のような将来の価値創造のために重要な役割を明確にし、そこから人材の特徴を把握するアプローチだけでは十分ではありません。それと同時に、働くひとびとの意欲を減退させ、人的資本の価値を毀損するようなリーダーとしてのリスクがないかを測定し、そのような可能性を有したまま重要な役割に登用する可能性を排するべく対処することが、適切な人材の選定において不可欠です。

    このリーダーシップ・リスクの測定には、360度評価を通じて、すでに顕在化しているリスクを可視化し、気づきと行動の改善を促す手法が効果的です。日常的にともにはたらいている周囲からの客観的なフィードバックは、ネガティブな内容になればなるほど、また役割・責任が大きくなるほど、容易には得られにくいものです。「望ましい行動をとっていたか」という、リーダーとしてのポジティブな側面の検証をすると同時に、「望ましくない行動をとっていなかったか」というネガティブな側面に目を向けることで、「優れているが人的資本の観点からは懸念が大きい」「自分の成功体験に基づく価値観・手法を重視するあまり多様な人材を受容・活用しがたい」といった、特に上位者からは見えにくい、将来のリーダーとしての重要な開発課題をあぶりだすことにつながります。

    他方で、後述するサイコメトリクス*1を用いたパーソナリティ診断*2を通じて、本人が気づきにくい、経営リーダーとしての潜在的なリスクを抽出する手法も有効です。そのようなリスクが顕在化していない場合でも、そうした可能性を有していることを自分自身が知ることを通じて、自分が意識していないリスクを自他ともに把握することができ、そのような行動を自制・抑止するための目印として活用することが可能となります。

    心理的安全性が重視されている昨今、従業員のエンゲージメントを維持・向上させ、前向きな意欲を持ち続けてもらうために、経営リーダーの言動が周囲に対するネガティブな影響を与えるリスクは、徹底して抑えておくべきものといえるでしょう。

  3. データ・統計に基づくインサイトを活用する
    ガバナンス強化に伴う人材選定の説明責任を果たすことを考慮すれば、客観性の高い手法を用いることが重要となります。そのためには、第三者の視点を入れることもさることながら、データ・統計に基づくインサイトを活用することが、人材に対する客観的な理解を深めていくうえで効果的です。

    サイコメトリクスを用いたパーソナリティ診断は、人材の採用や育成、配置等の様々な局面で使用することができますが、特に経営リーダーのアセスメントという観点では、その人が持つ本来の強みや苦手意識を抽出することで、経営リーダーとしてどのような領域でインパクトを出しやすい人材なのかを定量的に明らかにすることが可能となります。専門性に基づく価値創出を得意とするプロフェッショナル・リーダーか、人を巻き込み動かすことで価値を生むピープル・リーダーか、先駆的・革新的な取り組みを推進できるパイオニア・リーダーか。このようなリーダーとしてのタイプを明らかにすることは、主観的・直観的な判断を補完する客観的なデータとして活用できると同時に、リーダーとしてのよりどころとなるその人らしさについての理解を深めることにつながります。また、このようなパーソナリティ面の特徴を経営チーム全体として把握することによって、どのような点が強く、どのような点に課題があるのか、経営チームとしての特徴を明らかにすることも、有効な活用方法です。

    こうした手法は一般的に自己診断方式であることから、結果についての統計的な確からしさのみを経営判断の材料として用いることはリスクを伴います。しかし、このような大量のデータを背景とした機械に基づく分類・分析は、自分に対する安定した自信や他者に対する受容度、他者に影響を与えようとする動機の強さ、達成に対する意欲など、直接のコミュニケーションや観察からでは伺い知れない、その人のパーソナリティの特徴についての有益なインサイトが得られることがあります。

本質的には、こうした人材情報を参考としながら、十分な知見と経験を有した社外取締役および経営トップの時間をかけた議論と計画的な育成を通じて後継者選定のプロセスが進んでいくことが、高い実効性をもたらすことは疑いようもありません。しかし、このようなアプローチをとることによって、客観的な情報に基づく一定の合理性ある判断が可能になるとともに、従来の情報では得られなかった視点が加わることによって、執行側と同様の情報が得られにくい社外取締役にとって有効な人材情報を得ることができ、充実した議論とそれによる意思決定の一助としていただくことができるでしょう。


脚注

*1 統計的な解析法を用いて心理的な特性を客観的・定量的に測定する手法

*2 WTWが有するアセスメントツールであるSaville Wave

執筆者

シニアディレクター
Employee Experience(EX) 統括

入社以来、人・組織に関する課題解決を通じた変革支援のコンサルティングに一貫して従事している。人・組織に関するソフトな課題を主として扱う部門を統括。近年は特に、経営者の後継者計画、指名委員会運用支援、リーダー開発・エグゼクティブアセスメント、タレントマネジメントの戦略構築・実行支援において豊富なコンサルティング経験を有する。


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