欧米の経営者報酬関連規制は海外の機関投資家からグローバル・ディファクト・スタンダードとして捉えられており、日本の規制当局も参考にしているところである。本稿では、EUにおける経営者報酬関連規制の最新の動向を取り上げる。具体的には、昨年のEU「株主権利指令(Shareholders’ Rights Directive:以下、SRD)」の改正が欧州の経営者報酬に与える影響について、改正に至るまでの経緯とともに概観する。
「指令(Directive)」とは、EU当局が加盟国に対して共通の目標を設定し、その達成に向けた各国法の整備を促すものである。ただし、EU加盟国と一口に言っても、経営者報酬に関する規制の度合いは国によって大きく異なる。中には英国のように、世界的に見ても厳しい規制を課している国もある。そんな中で、EUがトップダウンで行うSRDの改正は、どの程度のインパクトをもって迎えられたのだろうか。
また本稿では、欧米とは経営者報酬の実態の大きく異なる日本において、本改正からどのような示唆を得ることができるか、という点についても併せて検討したい。
SRDの改正の成果の一つは、EUにおける「セイ・オン・ペイ」の法制化の指針を示したことである。
【Shareholders' Rights Directive: Say on Pay の法制義務化】
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セイ・オン・ペイとは、株主が、株主総会での決議を通じ、経営者報酬に対して「賛成」もしくは「反対」の意見表明を行うもので、欧米においては一般的なプラクティスとして定着している。セイ・オン・ペイの決議のタイミングとしては、報酬を支給する前もしくは後の2パターンがある。事前の決議と事後の決議では、決議の対象が異なる点に注意が必要である。
報酬の方針(Policy)には、事業戦略との関係性、報酬の構成および割合、年次賞与や株式報酬プランの詳細、取締役との契約条件等が含まれる。一方で報酬制度の実行状況(Implementation)には、報酬制度が上記の報酬の方針(Policy)に則って運用されているか否かの検証や、「ペイ・フォー・パフォーマンス(Pay for Performance)分析」(後述)等が含まれる。
現状、欧州各国におけるセイ・オン・ペイの運用状況は以下のとおりとなっている。同じ欧州の中でも、国によって決議の頻度や拘束力の強さが異なっていることが分かる。こうした現状を踏まえると、今般、SRDによってセイ・オン・ペイに関する共通の指針が示されたことには一定の意義があると考えられる。
では、SRDによって示された新たな指針は、EU各国においてどの程度のインパクトをもって迎えられたのだろうか。本改正にあたって争点となったのは、報酬の方針(Policy)についての事前の決議を拘束的決議とするか、勧告的決議に留めるか、という点であった。仮に報酬の方針(Policy)が事前の拘束的決議にかけられた場合、企業は、株主と合意した一定の枠組みの中でしか報酬を支払うことができなくなる。この点、経営者報酬関連の規制が進んでいる英国では、2013年から、報酬の方針(Policy)に関する拘束的決議を義務化している。SRDにおいても、当初は、英国のプラクティスを踏襲し、報酬の方針(Policy)に関する拘束的決議を義務化することが検討されていた。そして、仮にそうなった場合、EU各国の経営者報酬に相当なインパクトを与えることが予想されていた。
しかしながら、SRDは最終的に、報酬の方針(Policy)について「原則として拘束的決議にかけるべき」としつつも、「加盟国は、投票を勧告的なものに留めることも選択可能」という例外規定を設けることとなった。上記の例外規定を設けたことで、本改正が各国の経営者報酬にもたらすインパクトはある程度弱まったと考えられる。それでも、SRDの影響を過小評価してはならない。ここ数年、EU各国においては、政府のコーポレートガバナンス強化策や、投資家および議決権行使助言会社からの圧力により、企業による開示の充実化、透明性の強化が叫ばれている。改正版のSRDは、上記のトレンドを引き続き推進していくものとなろうし、欧州企業は、こうしたガバナンス上の要請に対応するため、相当の時間と労力を割いていく必要がある。
SRDの改正の承認後の2017年12月、英国においては、コーポレートガバナンス・コードの改正案が示された。経営者報酬の分野でも、更なる規制の強化が見込まれている。セイ・オン・ペイに関しては、賛成票率が80%を下回った上場企業については、その後の対応状況に関しての開示を義務化することが提案されている。SRDは今後も、こうした英国の先進的な動きに追随する形で、EU域内の規制のスタンダードを形成する役割を担っていくだろう。