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EU株主権利指令の改正に伴う経営者報酬への影響

執筆者 中村 秀隣 | 2018年4月10日

欧米の経営者報酬関連規制は海外の機関投資家からグローバル・ディファクト・スタンダードとして捉えられており、日本の規制当局も参考にしているところである。本稿では、EUにおける経営者報酬関連規制の最新の動向を取り上げる。具体的には、昨年のEU「株主権利指令(Shareholders’ Rights Directive:以下、SRD)」の改正が欧州の経営者報酬に与える影響について、改正に至るまでの経緯とともに概観する。

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「指令(Directive)」とは、EU当局が加盟国に対して共通の目標を設定し、その達成に向けた各国法の整備を促すものである。ただし、EU加盟国と一口に言っても、経営者報酬に関する規制の度合いは国によって大きく異なる。中には英国のように、世界的に見ても厳しい規制を課している国もある。そんな中で、EUがトップダウンで行うSRDの改正は、どの程度のインパクトをもって迎えられたのだろうか。

また本稿では、欧米とは経営者報酬の実態の大きく異なる日本において、本改正からどのような示唆を得ることができるか、という点についても併せて検討したい。

  1. 株主権利指令(Shareholders’ Rights Directive:SRD)改正の背景

    2017年3月、欧州議会は「株主権利指令(Shareholders’ Rights Directive:以下、SRD)」の改正案を承認した。SRDとは、EU市場におけるコーポレートガバナンスの強化を目指す指令であり、企業、株主(特に機関投資家)、議決権行使助言会社など、インベストメント・チェーンにおける各プレーヤーの権限や責任について定めている。

    SRDの創設は2007年に遡るが、今般、約10年ぶりに改正が行われた背景には、金融危機への反省がある。欧州委員会は、金融危機を経て、上場企業のコーポレートガバナンス上の欠陥が明らかになったとの見解を持っており、特に株主および経営者が短期的な利益を偏重するいわゆる「ショートターミズム」の蔓延が反省点として指摘されている。

    こうした反省点を踏まえ、本改正では、株主に対し、企業への長期的かつ継続的なエンゲージメントを促すことを主な目的としている。経営者報酬の分野においても、株主による関与を強化していく方向で改正が行われた。本稿では、本改正の議論の焦点となった「セイ・オン・ペイ(Say on Pay)」に注目する。

  2. セイ・オン・ペイ

    SRDの改正の成果の一つは、EUにおける「セイ・オン・ペイ」の法制化の指針を示したことである。

    【Shareholders' Rights Directive: Say on Pay の法制義務化】

    こちらをクリックすると図表が拡大します
    【Shareholders' Rights Directive: Say on Pay の法制義務化】

    セイ・オン・ペイとは、株主が、株主総会での決議を通じ、経営者報酬に対して「賛成」もしくは「反対」の意見表明を行うもので、欧米においては一般的なプラクティスとして定着している。セイ・オン・ペイの決議のタイミングとしては、報酬を支給する前もしくは後の2パターンがある。事前の決議と事後の決議では、決議の対象が異なる点に注意が必要である。

    • 事前の決議:経営者報酬の方針(Policy)についての決議
    • 事後の決議:報酬制度の実行状況(Implementation)についての決議

    報酬の方針(Policy)には、事業戦略との関係性、報酬の構成および割合、年次賞与や株式報酬プランの詳細、取締役との契約条件等が含まれる。一方で報酬制度の実行状況(Implementation)には、報酬制度が上記の報酬の方針(Policy)に則って運用されているか否かの検証や、「ペイ・フォー・パフォーマンス(Pay for Performance)分析」(後述)等が含まれる。

    現状、欧州各国におけるセイ・オン・ペイの運用状況は以下のとおりとなっている。同じ欧州の中でも、国によって決議の頻度や拘束力の強さが異なっていることが分かる。こうした現状を踏まえると、今般、SRDによってセイ・オン・ペイに関する共通の指針が示されたことには一定の意義があると考えられる。
     

    【欧州各国におけるセイ・オン・ペイの運用状況】

    こちらをクリックすると図表が拡大します
    【欧州各国におけるセイ・オン・ペイの運用状況】

    では、SRDによって示された新たな指針は、EU各国においてどの程度のインパクトをもって迎えられたのだろうか。本改正にあたって争点となったのは、報酬の方針(Policy)についての事前の決議を拘束的決議とするか、勧告的決議に留めるか、という点であった。仮に報酬の方針(Policy)が事前の拘束的決議にかけられた場合、企業は、株主と合意した一定の枠組みの中でしか報酬を支払うことができなくなる。この点、経営者報酬関連の規制が進んでいる英国では、2013年から、報酬の方針(Policy)に関する拘束的決議を義務化している。SRDにおいても、当初は、英国のプラクティスを踏襲し、報酬の方針(Policy)に関する拘束的決議を義務化することが検討されていた。そして、仮にそうなった場合、EU各国の経営者報酬に相当なインパクトを与えることが予想されていた。

    しかしながら、SRDは最終的に、報酬の方針(Policy)について「原則として拘束的決議にかけるべき」としつつも、「加盟国は、投票を勧告的なものに留めることも選択可能」という例外規定を設けることとなった。上記の例外規定を設けたことで、本改正が各国の経営者報酬にもたらすインパクトはある程度弱まったと考えられる。それでも、SRDの影響を過小評価してはならない。ここ数年、EU各国においては、政府のコーポレートガバナンス強化策や、投資家および議決権行使助言会社からの圧力により、企業による開示の充実化、透明性の強化が叫ばれている。改正版のSRDは、上記のトレンドを引き続き推進していくものとなろうし、欧州企業は、こうしたガバナンス上の要請に対応するため、相当の時間と労力を割いていく必要がある。

    SRDの改正の承認後の2017年12月、英国においては、コーポレートガバナンス・コードの改正案が示された。経営者報酬の分野でも、更なる規制の強化が見込まれている。セイ・オン・ペイに関しては、賛成票率が80%を下回った上場企業については、その後の対応状況に関しての開示を義務化することが提案されている。SRDは今後も、こうした英国の先進的な動きに追随する形で、EU域内の規制のスタンダードを形成する役割を担っていくだろう。
     

  3. 日本企業への示唆
     

    冒頭で述べたように、現状、欧米と日本では経営者報酬の実態が大きく異なっている。欧米では、高額化する経営者報酬が絶えず批判に晒され、規制が強化されてきた歴史がある。一方で、経営者報酬の水準が比較的低い日本において、本稿で紹介したような規制が直ちに導入されるとは考えづらい。

    それでも、欧米の経営者報酬関連規制から日本企業が得られる示唆は多い。例えば、本稿で取り上げたセイ・オン・ペイの判断基準として株主や投資家が重視する事項の一つに「ペイ・フォー・パフォーマンス(Pay for Performance)」がある。ペイ・フォー・パフォーマンスとは、会社の業績と報酬の実支給額が見合っているか否かを検証するものであり、業績連動型のインセンティブ報酬の普及している欧米においては、過度な報酬の支払いを監視するだけでなく、インセンティブの有用性・実効性を担保する観点からも重要視されている。

    日本においても、コーポレートガバナンス・コードの導入以降、中長期的な業績に連動したインセンティブ報酬の拡充が推奨されている。現時点では、セイ・オン・ペイのように、株主が経営者報酬について事後的に意見表明を行う機会は限定的であるものの、今後、業績連動報酬の厚みが増してくるにつれて、報酬が業績に見合った形で適正に支払われているか、事後的に検証する必要性も高まってくると考えられる。欧米型の経営者報酬を志向する日本企業が増えていくにつれ、欧米における最新の規制環境にも予め目を向けておくことが求められていくだろう。
     
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