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執筆者 ギヨ 二コラ 岡本 洋一 | 2020年4月14日

新しく日本に導入されたリスク分担型企業年金制度(CDC)は、従業員の退職給付としての従来のDBやDCに加えて、第3の選択肢である。
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確定給付企業年金(DB)が消えつつある。しかし、確定拠出年金(DC)だけでも十分ではない。この様な中、新しい形態であるリスク分担型企業年金制度(CDC)(*1)が日本に導入された。企業会計上、DCの様に年金債務をオフバランス可能であり、DBの様に安定的な給付を可能とする斬新的な年金制度を、今、企業は第3の選択肢として検討できるようになった。

新しい仕組みの必要性

現在、日本では、DBやDC或いはDBとDCを組合せすることで、従業員へ退職給付を提供している。

元々日本には確定給付型の退職給付制度しかなかったが、DCが導入されて以来、徐々にDCへの移行が進んできた。DBは企業に資産変動リスクや債務変動リスクを負わせるからであり、この傾向は今後も継続していくであろう。また、昨今の記録的な低金利の環境下においては、DBに係るコストは非常に高くなっている。

日本においてもDCを導入する企業は増加しているが、色々な問題を抱えている。その主要な一つがDC掛金の上限額の低さ(*2)である。DCだけで退職給付をカバーできない場合、企業はDBを上乗せとして提供せざるを得ないのである。もう一つの問題点は、好ましい最適な運用からほど遠いことである。DCという制度は、資産運用に長けていない従業員に対しても、複雑な運用の意思決定を強いるものである。リスク回避傾向の強い日本の従業員にとっては尚更である。企業年金連合会の統計資料によると、DCの総年金資産の約54%は現預金等に投資されている状況であり、老後の所得形成という長期的な観点から考えると、最適な運用がなされていない可能がある。

リスク分担型企業年金制度(CDC)は、企業が抱えるリスクの問題と社員が抱える資産運用の問題の両方について対処を見いだせる制度かもしれない。

CDCはどのような制度か?

リスク分担型企業年金制度(CDC)の基本的な仕組みは簡単である。目標とする給付(確約はされていない)を履行するために、予め固定した掛金(率)を拠出、その資産を共同運用する仕組みである。つまり、目標給付のために固定掛金を拠出して共同運用する制度である。

  1. 共同運用: DBの様に年金資産は共同運用される。DCの様に従業員各人が口座を持つことはなく、従って従業員に代わって企業や年金基金が、労使合意の決定内容に基づき、まとめて資産運用を行う。
  2. 固定掛金: DCの様に、予めCDCを導入する際に掛金(率)は固定され、導入後の年金資産の運用実績によって掛金(率)が変更されることはない。年金資産の運用実績が芳しくなく、目標給付に必要な年金資産が十分に確保されていない状況(積立不足)になっても、追加の掛金拠出を行って積立不足を解消するという義務を、企業は負わない。
  3. 目標給付: CDCには、予め明示された給付算定式に基づく目標給付がある。しかし、リスクという観点からCDCはDBではない。目標給付は確約されたものではなく、実際の給付は、制度の積立状況によって目標給付から増額されたり減額されたりする。例えば、マーケットの大暴落等のショックが発生して積立不足の状況に陥れば、従業員が実際に受け取る給付は目標給付を下回わることになる。一方、マーケットが高騰して積立超過の状態になれば、目標給付より高い給付を受け取ることになる。

CDCは、DBとDCの両方の特性を併せ持つ制度であり、図表1に示す通り、年金のリスク管理上、均衡のとれたアプローチをもたらすものであろう。

CDCがもたらすメリット

リスク分担型企業年金制度(CDC)は、企業にも従業員にも色々なメリットをもたらす可能性があると考える。

  1. 企業はリスクを消滅(*3) : 積立不足の状況に陥っても企業は追加掛金を拠出する義務はないため、資産変動リスク及び債務変動リスクから解放される。
  2. DCとしての会計処理(*4) : 従って、日本会計基準や国際会計基準の下では、CDCはDCとみなされる。つまり、CDCへ拠出した掛金額を退職給付費用としてP/Lに計上するのみであり、バランスシート上に退職給付に係る負債を計上する必要はなく、退職給付会計のための数理計算は不要となる。DBからCDCへ移行することで、企業はバランスシートの強化を図ることができる。
  3. より効率的な運用とスケールメリットの享受: 個々の従業員が運用を行うDCと比較して、より良い運用に係る意思決定ができる。CDCには労使が参加する年金委員会等の設置が義務付けられ、運用戦略の策定や運用モニタリング等に責任を負う体制が構築され、運用の専門家や年金制度の専門家であるアクチュアリーのサポートを受けることも可能である。更に、CDCの年金資産は共同運用されるため、スケールメリットによる低廉な運用報酬はより高い運用リターンをもたらし、ひいては従業員に便益をもたらすであろう。
  4. 従業員にとってより予測可能な給付 : 目標給付を下回る可能性を少なくするために、日本のCDCには、将来のリスクに備えるための機能が提供されている。年金債務に加えて、様々な要因による将来の財政悪化による債務増加(財政悪化リスク相当額)を加味して、年金資産の積立を行わなければならない。企業は、通常の掛金に加えて、この財政悪化リスク相当額に対応する掛金としてリスク掛金を追加拠出することで、従業員の給付を一定の範囲内で保全しようとするのである。
  5. DC掛金上限に関連する問題解消: CDCには、DCに適用される様な掛金上限額の規制はないためDBと組み合わせるような措置は不要であり、シンプルにCDCだけの退職給付制度の構築も可能である。

DBからCDCへ円滑に移行

確定給付企業年金の法令通知等の下で、企業はDBやDCを様々な方法でリスク分担型企業年金制度(CDC)へ移行することができる。

図表2は、DBとDCを組み合わせて提供している企業がCDCへ移行する場合の事例を示している。

企業は、現存のDB(過去分を含む)を、現存の運営管理体制の下で、CDCへ移行することができる(事例1)。総幹事機関や運用マネージャー等の運用機関の変更を要請されることはない。現存のDBの給付設計の内容にもよるが、現存の給付設計をそのまま目標給付とすることも可能である。CDCの目標給付は柔軟に設計することが可能である。勿論、CDCへ移行するに当たり、よりCDCに適した給付設計を検討していくことは重要である。従業員の個々の運用結果に依存するDC給付額に懸念を持つ企業においてはDCの将来分をCDCへ移行する方法もあろう(事例2)。

現在のCDC移行状況と今後について

リスク分担型企業年金制度(CDC)の導入が可能になってから2年が経過、現時点まで複数の日本企業が先陣を切って導入してきたが、今4月に初めて外資系の多国籍企業による導入が決まった。これを契機に、CDCへの関心も深まるのではないかと思われる。

日本のCDCはまだ初期の段階にあるが、これは企業にとっても従業員にとっても、すべてが新しい考え方の制度であることは間違いない。企業の観点からは、DBのリスク削減という観点がCDC導入を牽引していくであろう。従業員の観点からは、労働組合からの積極的なアプローチも実際に見受けられる。CDCは、導入時の給付水準の見直しを含め給付増額の可能性も提供する制度であり、また従業員に難しい重要な運用判断を強いるDCと比較して、CDCはDBと同様に企業側にて必要な体制の下でしっかりと年金資産が共同運用されるからである。

従業員への退職給付として、DBとDCの特性の良い部分をバランスよく併せ持つCDCを、第3の選択肢として検討してみてはどうであろうか。


*1 日本ではCollective Defined Contribution plans (CDC)の他にRisk Sharing plans (RS)と呼ぶ場合もある。

*2 DC掛金の上限額は月額55,000円。但し、確定給付企業年金が併存する場合は月額27,500円となる。

*3 CDCにおいてリスクは加入者や受給者が負うが、各人が各人のリスクを負うのはなく制度全体のリスクを共有する。

*4 現時点で実際の事例がまだないため、米国会計基準においてCDCがDCとして取り扱われるかどうかは不明。

*5 DCと比較してより予測しやすいと思われる。

執筆者プロフィール

ディレクター
リタイアメント部門

ディレクター
リタイアメント部門

企業年金のALMを中心に、制度設計、退職給付会計、M&Aに関わる退職給付制度のデューデリジェンス等に従事。2020年と2021年には、外資系企業として初めてのリスク分担型企業年金制度の導入コンサルティングを2件担当。年金数理人。日本アクチュアリー会正会員。日本証券アナリスト協会検定会員。


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