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国際企業保険プログラム(GIP)における保険関連規制合致の重要性

~万が一の保険が脱法行為になるリスクも~

執筆者 大谷 和久 | 2020年6月3日

国によって異なる保険関連規制(付保規制・保険料税・損害調査・保険金送金など)を無視したGIPでは万が一の時に機能しない恐れがあります。 ウイリス・タワーズワトソンは全世界ネットワークと幅広い知識経験を活かし、適切なGIP組成を提供しています。
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保険関連規制は、(1)付保規制、(2)保険料税、(3)現地での損害調査の可否、(4)保険金送金の可否 の4つに大別できます。今回はこれら保険関連規制について詳しく説明します。

1. 付保規制

付保規制は、GIPの最も基本的な問題です。その国で国外の保険会社による保険引受が可能か? それともその国の免許のある保険会社でなければ駄目か? 言い換えれば、日本企業が契約するGIPにおいて、その国の子会社を日本のマスターポリシーで補償していいか? ということです。

付保規制は国や地域によってさまざま。例えば、同じ中国でも、中国本土と香港ではルールが異なります。

長くイギリスの統治下にあり自由貿易の拠点であった香港には、付保規制となるルールはありませんが、中国には厳格な付保規制があります。日本企業が香港に有する法人や資産に関し、日本の保険会社との間で保険契約を締結することが可能です。香港の保険会社である必要はありません。しかし、日本企業が中国に有する法人や資産に関し、日本の保険会社との間で保険契約を締結することはできません。中国の保険会社と契約する必要があります。

世界各国で商品を製造販売する日本企業がPL保険を契約する場合、補償対象となる被保険者として中国の子会社を追加記入してしまえば、それが中国の法令違反になってしまうのです。

仮に中国で保険事故が発生した場合、中国政府に分からないように、日本の保険会社から日本本社に対して保険金を支払ってしまえばいいではないか、という荒っぽいことが過去実際に行われていたようですが、現在はその危険性がかなり認識されてきました。中国政府の方針によっては、保険会社だけでなく当該日本企業にも不利益がかかるからです。リスクを減らすために加入する保険によって、かえって別のリスクが生じてしまいます。

ヨーロッパの欧州経済領域(EEA: European Economic Area)では特例措置があります。

EEAに加盟している国同士では自由な交易 (FoS: Freedom of Service) が認められるため、保険契約も国をまたいで締結できます。これを活用すれば、EEAのいずれかの国で発行する1本の保険証券(FoS Policy)でEEA内に点在する子会社を全て補償することができるのです。このFoS PolicyをGIPに組み入れることにより、効果的な運用が可能になります。

2. 保険料税

日本ではなじみがありませんが、意外と多くの国で、保険料に対して税金が課されます。保険契約者が海外の企業であっても、その国で保険料を支払う場合にはこれを負担する必要があります。

保険料税は、その税目はさまざまですが、所定の保険に加入した保険契約者が、保険料の支払いに際して納めなければならない税金です。保険料を受け取る保険会社の側ではなく、保険料を支払う保険契約者の側が、税金を支払わなければなりません。日本では保険料には消費税がかかりませんが、保険料にかかる消費税のようなものと理解してください。

具体的な税目としては、保険料税(Insurance Premium Tax)という名称のほか、付加価値税(Value Added Tax)、消費税(Goods & Service Tax)、印紙税(Stump Duty)などがあります。保険料の請求書に保険料と税金の両方が明記される方式が取られている国もありますが、内税方式のように税金が明記されていない国もあるので、保険料税が徴収されていることに気付かない場合があります。

いずれにしろ、保険料税が課される国では、事業会社は保険料税を負担しなければならないのです。前述した付保規制のある国に所在する子会社を日本の保険証券に含めて補償している場合、その国で本来納めなければならない保険料税を納めていないことになります。こういった場合に、気付かないうちに脱税行為をしていることになるので、注意してください。

また、イギリスのように国外の保険会社との保険契約は認めているものの、その場合でも保険料税は支払いなさいという法規制の国もあります。

ただし、少額保険料の場合には課税を免除することになっていますので、その点の確認も必要です。海外付保契約の保険料税発生状況を把握し、追跡課税する手間やコストを考えれば、保険料税が軽微な場合などにはその支払いを免除する方が合理的、という趣旨のようです。これを逆に言うと、軽微でない保険料税については、しっかりと徴税する意向が示されていることであり、保険料税を支払わなかった場合のリスクは、より現実的であり、決して低くないと考えられます。

3. 現地での損害調査の可否

通常、保険金支払いのためには、保険会社の損害調査員が保険事故の内容や、損害額などを実地に査定し評価します。ところが、国外の保険会社との保険契約を認めるものの、国外の保険会社による損害調査業務を禁じている国があります。

例えば、タイは海外からの付保が可能な国ですが、海外からの損害調査ができません。日本企業が日本の保険会社と締結する企業保険の中で、タイの子会社も保険対象にすることが可能ですが、事故が発生した場合、タイ子会社は自ら損害調査会社を雇い、保険金支払いに必要な調査業務や書類作成をしてもらわなければなりません。万が一の事故のために保険を付けているのに、保険金申請に関する手続きを全て現地の子会社が自分自身で行う必要が生じてしまうのです。

このような国の子会社を日本の保険証券で補償するのか? それとも現地でLocal Policyを発行するのか? 各企業の判断になりますが、決定する際には保険契約の重要な要素である損害調査サービスを保険会社から受けられないことを、十分に認識しておく必要があります。

4. 保険金送金の可否

国外の保険会社との保険契約を認めるものの、海外からの保険金の送金を禁じている国があります。国外の保険会社は保険金を支払えても、その国の子会社は保険金を受け取ることができないという事態が発生します。

例えばインドでは海外からの付保が可能ですが、海外からの保険金の送金ができません。日本企業が日本の保険会社と締結する企業保険の中で、インド子会社も保険対象にすることが可能ですが、その工場が消失して火災保険金が支払われる場合、日本の保険会社がインド子会社に保険金を送金することができません。

金融行政上の規制、為替に関するルール、その他、規制の根拠や目的はさまざま考えられますが、背景には自国産業保護の目的が含まれるように思われます。自国産業保護の要請が強いほど、ペナルティーも重くなるでしょう。

日本本社が保険金を受け取り、時間をおいて保険金との関連性がない形で、インド子会社へ送金するなどの方法で、規制にかからないようにする方法も検討されると推測されます。しかし、それが脱法と評価され、重いペナルティーが課される危険も当然考慮しなければならず、安全性が保障されることは期待できません。

さらに、日本本社が日本で受け取る保険金は、特別利益などとして処理されることになります。想定外の収入となり、それはそれで結構なことですが、そのようなことのために保険料を支払い続けることは、財務上、合理性に疑問があります。また、税務上の処理も確認が必要です。
他方、インドの工場の再建には、結局インド国内で資金繰りしなければなりません。しかも、事業が停止している状況での資金繰りのため、金融機関としても簡単に融資を実行するとは思えません。万が一のための保険であるため、危険を冒して無理な送金を行わなくても済むように、送金規制まで含めて各国の規制を確認しておく必要があります。

付保規制や送金規制により、マスター証券でカバーできない国について、子会社で発生する損害を「親会社に生じる経済的損失」とみなし、親会社を補償する手法として、FInC (Financial Interest Cover)という特約があります。

例えば、マスターポリシー10億円、ローカルポリシー3億円の保険契約をしている日本企業のインド子会社で5億円の損害が発生したとします。この場合、インド子会社にローカルポリシーから3億円が支払われ、日本本社にマスターポリシーから2億円が支払われます。これはインド子会社の損失2億円(5億円の損害-3億円の保険金)が、日本本社の連結財務諸表上の損失とみなし、その損失をFInCで補償するということです。

実際にこのサービスを提供している保険会社が、いくつかの国で合法性を確認済みですが、国によっては付保規制の脱法行為に該当するとされる可能性は残されています。また、前述した通り、インドの事業再建のために使う資金を、日本で受け取ることの不都合が残されます。

この意味で、FInCは最後の手段となるのです。

GIPにおける保険関連規制合致の重要性

これまでに説明してきたように、GIPを組成するには各国の保険関連規制を理解し、企業のニーズに合わせた保険プログラムを効果的に作り上げることが必要です。

保険関連規制に合致していないGIPでは、いざという時に機能しないリスクを抱えることになり、保険の本来の目的を果たせなくなってしまいます。そのためにもウイリス・タワーズワトソンのような世界的なネットワークと豊富な経験を有するグローバルブローカーを活用することをお勧めします。


*本稿は『リスク対策.com』の連載・コラムへの寄稿2020/5/27 「グローバルスタンダードな企業保険活用入門-第5回 国際企業保険プログラム(GIP)における保険関連規制合致の重要性」からの抜粋です。

執筆者プロフィール

関西支店長 兼 グローバル プラクティス ディレクター 治安リスク保険ジャパンヘッド
Corporate Risk and Broking

Chubb損害保険株式会社 執行役員企業営業本部長、チューリッヒ保険会社 企業保険事業本部長を経て、2019年にWTWに入社し、現職を務める。
損害保険業界で40年の経験を持ち、著書に「国際企業保険入門(中央経済社)」がある。「2021年10月 東洋経済 生損保特集号」への寄稿など、各種メディアによる取材記事も多数。


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