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特集、論稿、出版物 | 人事コンサルティング ニュースレター

経営層と従業員の報酬の一体的検討に向けて

執筆者 森田 純夫 | 2022年4月11日

日本の従業員の報酬水準が国際的に低いとされるなか、どのようにその水準の改善を図るかについての議論がかまびすしい。日本においては、「役員報酬」と「従業員賃金」とを分けて議論することが一般的であるが、コーポレートガバナンス・コード(CGコード)施行を受けた経営者報酬の改革が一巡した今こそ、経営層・従業員双方の報酬を一体的に捉えることの重要性が高まっている。
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二分される経営者報酬の取組み

コーポレートガバナンス・コード(CGコード)の施行以降、経営者報酬は大きく変容を遂げた。業績連動部分の拡大、株式報酬の導入、社外取締役・報酬委員会の関与を伴った制度の運用などが広範囲に渡って浸透している。

業績連動報酬の拡大、特に株式報酬の積極的活用によって、経営者の報酬が株主価値と連動するようになったことは、従来不十分とされてきた株主価値・企業価値に対する経営者の意識を涵養するという意味において前進といえよう。一方で、経営者が中長期的な企業価値の伸長に向けて、抜本的な変革に実際に取り組んでいるかどうかが課題といえる。

経営者報酬の取組みの程度には大きなバラつきがあるが、大きくは二つのグループに分けられる。一つは、経営者報酬の水準を大きく引上げるような形で「積極的に」改革する企業群で、グローバル企業や大企業に多い。もう一方は、株式報酬を限定的に導入し、従来の体系からは大きな変化が見られない企業群である。程度に差はあれ、いずれにしても報酬が増額されている点は共通である。

  1. 経営者報酬における取組みが限定的であり、旧来型の体系を維持している企業(固定報酬中心、限定的な株式報酬)
    こうした企業の場合、報酬のみならず事業面においても、従来の状況からどのように会社を変革するのかというメッセージを読み解くことは難しい。改革に対して消極的に見えるこのような姿勢は、開示を通じて投資家にもあらわになる。このような企業では、従業員の給与にしても、控えめな水準を含めた経営者報酬の保守的な仕組みが「重し」となり、戦略的な動きを取る余地が限られる。給与以外でその会社独自の魅力を打ち出し維持することが、このグループの企業における課題となるが、それは往々にして容易なことではない。当該企業には、将来に向けた成長戦略を実行するうえで、旧来型の体系の維持が妥当かどうか、あらためて検証することが求められる。この検証や問題提起において社外取締役による問いかけは有効である。

  2. 経営者報酬において、業績連動報酬の拡充やそれに伴う報酬水準の引上げなどに積極的に取り組んでいる企業
    このような企業では、規模・業態等から自社と比肩し得る比較企業群を選択し、市場を上回る水準に自社の目指す水準を設定することが多い。日本の経営者報酬水準が国際的に見ても著しく低く、CGコード以降もその状況が一変したとまではいえないことからも、このような方策を選択することは定石といえる*1。これら企業において、報酬水準の引上げは業績連動性の強化を伴う形で行われており、ここに異論をはさむ余地は乏しい。

    一方で、報酬が業績や株主価値に連動するからそれで良し、と満足することなく、中長期的にどの程度の成長をどのように実現するかについて、経営者と社外取締役との間で明瞭に合意がなされているかという点については、報酬委員会等における議論を見ている限り、企業によって大きな差があるように映る。

従業員報酬の方針から浮かび上がる課題

中長期的な成長に向けて明確なシナリオを定め、社外取締役も含めた経営トップの間で認識が共有されているか。この問いへの答えは、実際に成長を生み出す従業員に対して適用されている報酬戦略から透けて見える。

ここでは、経営者報酬において積極的な改革を実行した企業に焦点を当てる。経営者について仮に市場を上回る水準を設定したとき、従業員についても同様の報酬水準を設定していると断言できる企業は実はそれほど多くない。なぜ経営者の報酬についてのみ高い水準を目指すのか、という素朴な問いに対して、株主や従業員に対して合理的に説明できるのか。国際的にまだ低い水準であるとはいえ、経営層の報酬を引上げたのであれば、社会的な要請も強い従業員の「賃上げ」は、少なくとも経営上のアジェンダに取り上げられるべきであろう。経営者と従業員において目指す水準の違いを許容しているとき、従業員の賃金を抑制し利益率を維持しつつそこそこのパフォーマンスを挙げて満足しようとしていないか、という疑念の目が経営者に向けられかねない。これは、従業員の貢献にどのように報いるべきかという、公器としての会社の説明責任に関わる問題である。

他方、従業員についても経営者と同様に市場を上回る報酬水準を目指す場合、大きなコストインパクトが想定されるなかで利益率を維持・向上するためには、非連続な成長や抜本的な変革の必要性が課題としてクローズアップされる。その実現に向けて、企業価値の向上に向けた事業ポートフォリオの改革やイノベーションに象徴されるような、事業面における現状維持に留まらない取組みが必要であろうし、そのような動きを生み出す人材をどのように確保するか、といった人事面での取組みの重要性もより明瞭に浮き彫りになるはずである。

人事面で取組みを進めるうえでのキーステップ

昨今のジョブ型人事ブームの潮流のなかで各社とも人事面での取り組みを進めている。ここでは、まだ実践の余地を残していると感じる取組みについて、特に従業員の処遇の改善を前提としたときに想定し得るものを例示する。

  1. 組織設計と人員配置の最適化
    従業員の給与水準を引き上げるとしても、許容できる範囲でコストをコントロールするには、効率的な組織体制を整えつつ、企業の成長に向けて重要な役割を果たす人員を適切に配置し、十分な権限を与えなければならない。ジョブ型人事制度を導入するとしても、無駄のない形で組織と各ジョブの機能・役割を定義し、適切な人員を配置するという文脈で実行しなければ何も変わらない*2

  2. 人員の登用状況の検証
    昨今では殆どすべての企業において、非連続な成長やイノベーションを生み出す人材として女性や若手の活用が必要である、といった考え方が打ち出されている。ただ、弊社が有する各社のデータを見る限り、大企業において大きな変化が表れているようには見えない。 一方で、成長著しい企業を中心に女性や中途社員、外国人社員の活用や若手の抜擢などにおいて思い切った取組みを進めている企業があるのも事実である。自社でそのような動きを促進するにあたっては、まず自社がどの程度の位置にあるのかを客観的・徹底的にベンチマークすることが、俯瞰的な視点のもとで目指すゴールと取組みを具体化する上で有効である。1.の人員構成と一体的に検証することも考えられる。

  3. 株式報酬の適用範囲の拡大
    日本において、株式報酬は一般に執行役員以上にのみ適用されている。従業員の処遇の改善を図るとき、一律の引上げがコスト上許容されない、成長が未実現であるなかで原資が確保できない、といったことが想定されるが、株式報酬の活用はそうした状況を克服するうえで一考に値する。公平性重視で考えざるを得ない給与とは切り離して、将来の成長を担う人材に対して重点的・選別的に株式を付与すれば、コストインパクトを抑えられる。株式報酬は、将来の成長期待によって報酬としての効果が高まることから、そうした期待が共有されていれば、より一層原資を抑制することができる。株式報酬を非役員層に積極展開している外資系企業は、日本の人材マーケットでの差別化に成功している。日本企業も、そろそろ株式報酬の積極活用を考えるべき時期に差し掛かっているといえるのではないか。今は、日本企業の中で先行者利得を狙う最後のチャンスかもしれない。

最後に

上記の施策の例に共通しているのは、処遇の改善といっても、単に従業員全員の水準の底上げありきではなく、中長期的な成長の実現に向け重要なところに原資を重点的に投下しつつ、あわせて組織としての効率化を図ることで財務健全性の維持も狙うということである。このような意識を持つことによって会社の中長期的なパフォーマンスが高まり、処遇水準をさらに引き上げる余地が生まれるのではないだろうか。


脚注

*1 日本企業において標準的な水準(=従来水準)を維持しようとすると、過大でもない固定報酬をさらに削らなければならず、経営者の意欲を喚起することが難しく、有力な選択肢とはなり難い。将来、日本における経営者報酬の相場が大きく上昇する局面になれば、市場水準を上回る水準が正当化されるかどうかが論点となるだろう。

*2 職務評価を行っていても、階層が多すぎて、役割が重複していることがまま見られる。このような状況を見極めるうえでは、自社の人員の構成を丁寧に分析することも欠かせない。

執筆者

Work & Rewards日本代表 マネージングディレクター

大手損害保険会社を経てWTW入社。国内外の経営者報酬制度・人事制度に関し、20年余にわたる豊富な実績を有する。その対象地域は、日本、北米・南米、欧州、アジア・オセアニアなど広範囲に及ぶ。グローバルな制度設計・運用支援やクロスボーダーM&Aに関する経験も豊富。


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