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ロシアのウクライナ侵攻に見る戦争損害への備え

Risk & Analytics|Corporate Risk Tools and Technology|Credit, Political Risk and Terrorism
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執筆者 大谷 和久 | 2022年3月10日

「あるかもしれない。」「いやあり得ない。」多くの人々の予想を覆して2022年2月24日ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始しました。「あるかもしれない。」という予想をしていた専門家たちもウクライナ東部への軍事侵攻を予想していたものであり、ウクライナ全土への侵攻は予想をはるかに超えるものでした。

ロシアのウクライナ侵攻と、戦争損害を補償する「治安リスク保険」

本稿執筆時の2月28日時点では、ロシア軍の侵攻に対しウクライナも徹底抗戦を行っている状況であり、事態は明らかにロシア・ウクライナ戦争という様相を呈しています。 この記事の読者の多くはリスク・保険関連業務に携わっている方々かと思います。保険に関わっている方なら、ほとんどの方が財物保険では戦争危険は免責、すなわち補償対象外と半ば常識的にご存知かと思います。財物保険のみならず、貨物海上保険や船舶保険など一部の保険種目を除き、すべての損害保険において戦争・内乱・クーデター・革命は免責事項と規定されています。これは戦争や革命は広域かつ大規模な損害につながるため損害保険会社が補償の提供に耐え切れないためです。したがって当然のことですが、今回のロシア軍によるウクライナ侵攻において、工場などの施設が破壊されても企業は財物保険からの補償は受けられません。

戦争リスクと同じ理由によって、日本においての地震リスクも企業向け財物保険では普通保険約款で免責とされています。しかしながら、別途企業向け地震保険に加入するという選択肢があり、多数派とは言えないまでも多くの企業が地震保険を購入しています。戦争リスクについても何らかの補償の手立てはあるのでしょうか?

答えはYesです。戦争・内乱・クーデター・革命・暴動・テロなどを補償する「治安リスク保険」(Political Violence Insurance)という保険がグローバルベースでは提供されており、多くの欧米企業が購入しています。この記事ではこの「治安リスク保険」について紹介するとともに、企業におけるリスクマネジメント業務にかかわる方々にとっての取るべき行動をご提案していきます。

「治安リスク保険」の補償内容

前述のとおり、財物保険では戦争危険は免責事項となっています。戦争だけでなく、内乱・クーデター・革命も普通保険約款で免責であり、テロ危険不担保特約によりテロも補償対象外です。多くの保険会社では暴動についても政治的・宗教的背景のある暴動は補償対象外となっており、事実上大規模な暴動は補償されないことになります。

これらの一般の財物保険では補償対象外となっている戦争・クーデター・内乱・テロ・暴動などによる財物損壊と事業中断損害を補償する保険が「治安リスク保険」です。

事業中断リスクは企業のリスクマネジメントを考えるうえで最も重要かつ重大なリスクであり、企業の存続にも影響するリスクです。さらには、治安リスクの特徴として、自社施設の物損がなくとも自社施設へのアクセスが出来ないことにより、事業中断損害が発生します。たとえば近隣道路の破壊寸断により原材料の納入ができなくなることによる操業中止や、当局の一帯封鎖などにより社員が出社できずに余儀なくされる営業停止などが発生します。これらの事業中断損害も「治安リスク保険」では補償可能です。

契約形態は親会社とすべての国内・海外子会社を包括的に補償するグローバル保険プログラムが一般的です。治安リスクという特殊リスクの観点からも、親会社によるグループ全体のリスク管理が必要であり、そのためにはグローバル保険プログラムが適しています。

欧米の一部の国では政府が主導するテロ保険制度もありますが、国によって補償内容や補償上限はまちまちです。もちろん、公的テロ保険で補償される損害はテロリスクだけであり、戦争リスクは補償されません。公的テロ保険に加入済みの子会社の場合には、「治安リスク保険」は上乗せ補償として補完的に機能します。

日本における「治安リスク保険」

「治安リスク保険」の歴史は比較的新しく、20年前のアメリカ同時多発テロ事件に端を発しています。事件後、全世界の保険会社がすべての契約にテロ危険不担保特約を付帯するようになりました。一方テロリスクの高まりから企業側のニーズが増大し、これに応えるべくロイズマーケットなどの一部の再保険会社がテロ保険の販売を開始しました。その後、テロ以外のリスクへ補償範囲を広げ、「治安リスク保険」が誕生しました。

まだ10数年の歴史ですが、欧米のグローバル企業の多くが「治安リスク保険」に加入しており、WTW(ウイリス・タワーズワトソン)が扱っている契約件数は1700件を超えています。

一方、日本においては「治安リスク保険」の存在さえ知らない企業が一般的です。これはひとえに日本の保険会社が日本企業に対して「治安リスク保険」の案内をしてこなかったからです。日本が安全であるがゆえに企業側も保険会社に対して必要性を伝えてこなかったことも原因の一つでしょう。

日本の保険会社が積極的に「治安リスク保険」を販売していない理由は再保険の手当てができていないからです。「治安リスク保険」は極めて特殊なリスクのため、引き受ける再保険会社も限定的なので、日本の保険会社は再保険の手当てができていないのです。言い換えれば、再保険の手当てができれば日本の保険会社も「治安リスク保険」を引き受けることができます。

WTWはグローバルで「治安リスク保険」を手配している最大手保険ブローカーです。日本にも専任チームを配しており、ロンドン、シンガポールなどの海外再保険マーケットから再保険を調達し、日本の保険会社に提供することで、日本企業のために個別に「治安リスク保険」を手配しています。

ロシアのウクライナ侵攻後に起こり得ること

ロシア・ウクライナ両国には370社を超える日本企業が進出しています。隣接する東欧諸国などの周辺国を含めれば、その数は相当数に上るものと思われます。これらの国々に拠点を持つ企業の皆様は大きな懸念をお持ちのことと推察します。しかしながら、ロシア・ウクライナ周辺以外の地域は今後も安全と言えるでしょうか?

まず、ウクライナに隣接する東欧諸国ですが、すでにポーランドには15万人以上の避難民が押し寄せており、ポーランド政府は最大100万人の避難民受け入れを表明しています。ルーマニアも50万人の受け入れ表明をしており、ハンガリー、ブルガリアなどにもすでに避難民が到着しています。人道的支援としてとても素晴らしいことですが、避難民が長期にわたり滞在することになると、かならず自国民との軋轢が発生します。避難民への差別的な行為や排斥運動がおこるかもしれません。それが暴動につながるリスクもありえます。反対に避難民の一部が待遇への不満から暴徒化することも考えられます。急激に多くの難民が流入した地域では歴史的に治安が悪化する傾向があります。

一方、もしロシアによるウクライナの実行支配が現実化すると、中国による覇権主義的行動を助長することにつながりかねません。西側諸国の牽制機能が効果を発揮せず、ロシアの行為がやったもの勝ちになってしまうと、中国が台湾に対して同様のことを行う動機になり得ると考えられます。そうなると日本企業への影響は計り知れない甚大なものとなってしまうでしょう。

リスク・保険業務関連部門の取るべき行動

ちょうど1年前の2021年2月にミャンマーでクーデターが発生し、いまだ混乱は収まる気配を見せていません。ミャンマーにも多くの日本企業が進出していましたが、クーデター発生の直前までだれもそんな事態になるなどとは予想もしておらず、通常通りの事業を行っていたはずです。今回のロシアのウクライナ侵攻といい、ミャンマーのクーデターといい、治安リスクは本当に急激に悪化し、突然最悪の事態へ進展していく性質をもつリスクです。世界中のあらゆるところで、いつ起きても不思議のないリスクなのです。

海外拠点をもつすべての企業のリスク・保険業務担当者の方々は、この機会に自社の治安リスクについて検証し、「治安リスク保険」というリスク移転手法の検討をされることを強く推奨します。社内議論を経て経営への提言を行い、経営判断を仰ぐことが必要です。

多くの上場企業が有価証券報告書の事業リスクの項目に、海外拠点の政情不安定や治安リスクを挙げています。株主に対してリスクがあることを通知しておきながら、対策を取らないばかりか検討さえもしないのでは、万が一損失を被った際には経営責任を問われかねません。

「治安リスク保険」の詳細についてはWTW担当者、または以下のメールアドレスへお問い合わせください。

WTWテロ・治安リスクチーム
trpv_jimukyoku@willistowerswatson.com

執筆者

関西支店長 兼 グローバル プラクティス ディレクター

Corporate Risk and Broking


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