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特集、論稿、出版物 | 企業リスク&リスクマネジメント ニュースレター

新型コロナウイルスにより増大するリスクと保険

サイバーリスク、与信リスク、テロ・治安リスクへの対応

執筆者 大谷 和久 | 2020年11月6日

新型コロナウィルスにより世界的に劇的な環境変化が起きており、企業を取り巻くリスクも増大しています。特に増大している以下の3つのリスクと対処法としての保険について解説します。

1.サイバーリスク

2.与信リスク

3.テロ・治安リスク

Risk & Analytics|Insurance Consulting and Technology
Risque de pandémie

新型コロナウイルスの猛威は世界中でいまだ衰えておらず、アメリカやインド、ブラジルでは日々数万人単位の感染者が出ています。ヨーロッパでは第2波と言えるような急激な感染拡大の兆候が現れており、これから冬に向かう北半球ではさらなる感染拡大が心配されています。

各国政府は感染拡大防止と経済停滞阻止の相反する両面での対応を行っていますが、残念ながら全世界レベルでの経済停滞がしばらくは継続していくものと思われます。また「ニューノーマル」と言われる新型コロナウイルス以前とは異なる行動様式が求められることになり、これらの新しい行動様式の一部は新型コロナウイルスが収まった後にも広く定着することでしょう。

新型コロナウイルスのまん延に伴い、企業は生き残りのためにビジネスモデルの変革を余儀なくされています。劇的な環境変化の中で進化できない企業は、氷河期に絶滅した恐竜と同じ末路をたどることになるでしょう。

リスク対応についても同様で、日本企業の保守的な保険担当部署にありがちな前例踏襲型の考え方に基づく業務運営では、大きく変化し、増大するリスクに対応していけません。恐竜の末路をたどらないために、自社にとっての新型コロナウイルスで増大するリスクとその対処法としての保険の活用を検討する必要があります。

新型コロナウイルスにより増大しているリスクは売上蒸発、業績不振などさまざまですが、その中でも保険で対処できるリスク、かつ特に増大している以下の3つのリスクについて触れたいと思います。

  • サイバーリスク:テレワークやスマートファクトリーの推進によるサイバー攻撃の増加
  • 与信リスク:景気悪化に伴う取引先の倒産による売掛債権の焦げ付き
  • テロ・治安リスク:地政学リスク増大によるテロ・戦争や社会不安・政府不信による暴動

サイバーリスク

新型コロナウイルスにより多くの企業でテレワークが導入されています。ワクチンや特効薬のない今の状況では、人と人との接触を避けることが唯一取りうる感染防止策であり、企業がテレワークを積極的に推進していくことは当然の流れと言えます。

企業・従業員双方にとって便利なテレワークですが、オフィス内のクローズドなシステム環境とは異なり、自宅から自社のシステムにアクセスするオープンなシステム環境ではセキュリティーレベルが格段に下がります。ハッカーは常にシステムの脆弱(ぜいじゃく)な箇所を探してそこから入り込み、システム中枢部まで侵入していきます。テレワークにより多くの従業員が自宅から自社システムにアクセスしている状況はハッカーにとっては紛れもなく狙いどころ満載の状況なのです。

日本を含む世界中の企業がランサムウェア(サイバー恐喝)の被害に遭っていますが、その多くがセキュリティー対策は万全にとっていたと認識しています。残念ながら、ハッキングの世界では守る側よりも攻める側の方が常に優位な状況にあるのです。どこかの企業が被害に遭ってからその対応のためにシステム改善がなされるという構図はどんなに技術が進化しても変わりません。セキュリティー対策に100%はあり得ないのです。被害に遭うことを前提に、BCP策定や保険による財務的な手当てを行うことが重要です。

従来のハッカーは名声を得るために政府機関や誰でも知っている有名企業をターゲットにしていました。しかし、現在はランサムウェアによる身代金獲得のためにありとあらゆる企業がターゲットになっています。

新型コロナウイルスのまん延により従業員が工場に出社できずに操業を休止せざるを得ない企業がいくつもでてきています。多くの製造業ではこういったリスクを避けるために、また新型コロナウイルスによる業績低下の解消を目的とした効率化を図るために、スマートファクトリーやIoTの導入が進められています。この流れは5Gの浸透とともに加速して、Afterコロナでも鈍化することはないでしょう。世界各地の工場が1つのシステムでつながると効率性は高まるものの、サイバーリスクは増大します。現実に日本企業を含む多くの企業がサイバー恐喝により世界各地の複数の工場の操業停止に追い込まれています。

日本におけるサイバー保険は「個人情報漏洩保険」から発展したという経緯から、事業中断の損害が補償されていない、もしくは限定的な補償しかついていない保険契約も散見されます。サイバー保険に加入済みもしくは加入検討中の企業は、事業中断補償に着目して検証・検討をおすすめします。サイバーリスクは認識しているが保険加入の検討は進んでいない、という企業もありますが、繰り返します、セキュリティー対策に100%はあり得ないのです。

与信リスク

新型コロナウイルスを原因とする倒産企業のニュースは世界中で頻繁に取り上げられています。現状では飲食業、ホテル業、アパレル関連など特定業種が多くを占めていますが、現在の経済停滞が長引けば製造業やサービス業などあらゆる業種において、企業倒産が多発していく可能性が高いと言えます。これは自社の取引先も例外ではなく、どこがいつ倒産してもおかしくない状況が起こりえると言えます。

その一方で、各企業とも現状の業績不振を打開するために何とかして営業拡大に注力したいという現状があります。新しいビジネスモデルを開発したり、新規の販路を開拓したりという営業努力が、そのまま売掛債権の焦げ付きリスクの増大に直結してしまうというジレンマに悩んでいる企業の与信管理担当者も多く存在していると思われます。新型コロナウイルスによる業績不振に大口の売掛債権の焦げ付きが重なったら、自社の存続にも影響を及ぼしかねません。

グローバル企業の場合、当然取引先も海外企業が多くなりますが、海外の取引先それぞれの経営状況を一企業の与信管理担当者がタイムリーに把握していくことはほとんど不可能でしょう。特に新型コロナウイルスによって経済環境が日々激変している今日においてはなおさらです。

保険を活用して与信管理のアウトソーシングを可能にするということは、日本企業ではあまり知られていません。グローバルにビジネス展開している信用保険の専門会社は、独自に築き上げた調査網を活用して保険の引受審査を行います。この保険会社の審査機能を自社の与信管理に活用できるのです。保険契約の際には取引先別に売掛債権残高を保険会社に通知しますが、保険会社の審査によっては一部の取引先については売掛債権満額の保険に加入できないことがあります。これはすなわち、その取引先との取引額を減らすとか、支払いサイトを短くするとかの何らかの取引条件見直しの措置が必要だということになります。

また、保険契約をしてからもある取引先の経営状況が悪化したら保険会社からアラートが発せられます。例えば90日以内に保険の支払限度額を半分に削減するなどの通知が保険会社から届いたら、その取引先は要注意であり、90日の猶予期間のうちに取引条件の見直しを図るというような措置が取れるのです。

もちろん、アラート前に取引先が倒産したら保険金が支払われるので債権保全が確実にできます。保険会社を与信管理のアウトソーシングとして活用し、保険料を与信管理コストとして位置付けることにより、安心して営業拡大を図ることができるのです。

テロ・治安リスク

新型コロナウイルスによる感染拡大を防ぐために、各国ともに渡航禁止・外出自粛などのさまざまな制限を行っています。これらの施策はどうしても保護主義的な色合いを高めていくことになり、残念ながら他国・他民族・他宗教への排他的な行動につながってしまっています。こういった状況から明らかに地政学リスクが高まっているのが現状です。

新型コロナウイルスまん延後、アメリカと中国の関係が急速に悪化していますし、中国とインドも国境付近で衝突しています。北朝鮮の示威的行動も背景には新型コロナウイルスの影響があります。テロや局地的な紛争が発生する可能性が世界のあちらこちらで高まっているのです。

また、新型コロナウイルスによる経済停滞に伴い、世界的に失業者が増大しており、政府の対応への不満や閉塞(へいそく)的な社会への不安が高まっています。こういった人々の不満や不安が大規模な暴動につながるリスクも注視する必要があります。

白人警官の暴行による黒人男性の死亡をきっかけにアメリカ全土に広がったデモが暴動に発展しましたが、新型コロナウイルスがなければ局所的な事態で収まっていた可能性が高いといわれています。

最近ではタイで大規模なデモが頻発しており、一部では暴動に発展し、企業や商店が休業に追い込まれています。多くの日本企業が進出している地域ですので今後の情勢に注意を払う必要があります。

この連載の前号「第9回 再保険の手配が必要な特殊な保険 / 地震保険、テロ・治安リスク保険」でも説明しましたが、一般的な財物保険ではテロや暴動による物的損害や休業損害は補償されません。さらには警察などによる一帯封鎖が休業損害につながるというこのリスクの特殊性も考慮しなければなりません。

日本では浸透してないテロ・治安リスク保険ですが、グローバル企業であれば地政学リスクが高まっている今、検討が必要な保険です。

以上、新型コロナウイルスにより増大する3つのリスクと対処法としての保険活用について説明しました。新型コロナウイルスという劇的な環境変化の中で、前例踏襲型の対応を続けて自社の巨額損失を招かぬよう、真剣に検討することをおすすめします。


*本稿は『リスク対策.com』の連載・コラムへの寄稿2020/10/30 「グローバルスタンダードな企業保険活用入門-第10回 新型コロナウイルスにより増大するリスクと保険」からの抜粋です。

執筆者プロフィール

関西支店長 兼 グローバル プラクティス ディレクター 治安リスク保険ジャパンヘッド
Corporate Risk and Broking

Chubb損害保険株式会社 執行役員企業営業本部長、チューリッヒ保険会社 企業保険事業本部長を経て、2019年にWTWに入社し、現職を務める。
損害保険業界で40年の経験を持ち、著書に「国際企業保険入門(中央経済社)」がある。「2021年10月 東洋経済 生損保特集号」への寄稿など、各種メディアによる取材記事も多数。


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