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特集、論稿、出版物 | 人事コンサルティング ニュースレター

ESGの潮流と株式保有ガイドラインの重要性

執筆者 丹羽 愛 | 2020年5月12日

コーポレートガバナンス・コード以降、日本では経営者に企業価値の中長期的な成長を志向するよう促すべく、株式報酬の導入が進み、今では大手企業の約8割に株式報酬制度が存在する。本稿ではそれに関連する論点として、株式保有ガイドラインの重要性について考える。
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株式保有ガイドラインとは

株式保有ガイドラインとは、経営幹部に一定基準の株式の保有を義務付ける規程であり、「役員就任後、○年以内に基本報酬の×倍の金額の株式を保有する。」という内容を、各社が任意に定めるものである。また、「権利確定後の株式を△年間(あるいは保有基準達成まで、または、退任後まで)保有し続ける」という継続保有要件をあわせて運用することも多い。

経営者が報酬として取得した株式を売却して現金化することは、株式報酬が持つインセンティブの役割に即した行動である。しかし、手にした株式を直ちに売却しようとすると、目先の株価のみに意識が向いてしまう。また、自社株式をすべて売却してしまうと、株主との持続的な企業価値の共有が実現されなくなってしまう。

株式保有ガイドラインは、株主との価値共有に必要と考えられる一定量の株式について一定期間の継続保有を義務付ける(≒売却を禁止する)ことで、中長期的な視点を持った経営を志向させ、株主との持続的な利害共有を深め、アライメントの役割を果たす。近年、ESGへの注目が高まり、投資家はサステナビリティを重視している。このことから、アライメントの重要性が高まり、株式保有ガイドラインの活用が増えていくと考えられる。

欧米のプラクティス

株式保有ガイドラインのプラクティスが進んでいる欧米の状況を紹介する。

米国の役員報酬は、株式報酬の割合が大きく高額である。報酬制度の健全性を説明するために、株式保有ガイドラインは既に一般的なものとして定着していて、さらにその強化が進んでいる。議決権行使助言会社のISSは役員報酬制度を評価する際の観点の1つに、株式保有ガイドラインと継続保有要件をあげている。また、2019年には機関投資家協議会(Council of Institutional Investors)が、経営者報酬制度は株主の長期的な利益に沿うものであるべきだという文脈で、株式保有ガイドラインの活用を後押しした。ここで言う"長期的"とは少なくとも5年とのことだ。示唆の中では、退任時、あるいは退任1年後までの継続保有要件の設定や、権利確定までの期間の延長など、より長い期間のアライメント担保が促されている。S&P500企業を対象に実態を確認すると、2019年時点で96%の企業に株式保有ガイドラインがあることがわかった。今では大半の企業が株式保有ガイドラインと継続保有要件の両方を定めているが、10年前は株式保有ガイドラインのみを定め、継続保有要件を特に定めない企業の方が多かった。この10年で、長期的な株主価値共有の重要性が高まった結果と見ることができるだろう。ガイドラインに定める株式の保有量は、従来CEOは基本報酬の5倍が一般的とされてきたが、2019年の調査結果では6倍の方が主流になっていた。株式報酬権利確定後の継続保有要件で保有期間を定めることも一般的なプラクティスとなっており、現在はガイドラインの保有目標に達するまでの期間は売却禁止とするデザインが多い。一部、例えば5年間など、具体的な保有期間を設定したり、保有目標達成と具体的な年数の両方を設定したりするケースもある。

ヨーロッパでも同様の状況が見られる。英国では2018年の改訂コーポレートガバナンス・コードで、株主の利益に寄り添うために長期的な株式保有を促す報酬制度が重要であるとされ、その目的で支給される株式報酬は売却までに権利確定前・後の期間合計で最低5年間の保有が求められている。さらに、退任後の株式保有要件についても報酬委員会に方針の策定が求められている。これについて同年のInvestment AssociationのPrinciples of Remunerationでは、退任後2年間の株式保有義務を制度化することと、退任後の経営者にそれを遵守させる仕組みを早期に構築し、開示することを報酬委員会に求めている。FTSE100企業においては既に95%に株式保有ガイドラインが整備されている。また、英国から範囲を広げて、STOXX All Europe 100企業についても2019年には75%の制度保有となり、2017年の67%から増加傾向が見られる。ガイドラインとして定める株式の保有量は基本報酬の3倍が一般的である。
(欧米の報酬水準・構成については2019年8月2日弊社リリース『日米欧CEO報酬比較』参照)

日本における株式保有ガイドライン

日本の状況を確認してみると、役員報酬制度として株式保有ガイドラインを定めていることが開示情報から読み取れる企業は10%に満たない。(調査対象:時価総額上位企業100社の2019年3月期または12月期の有価証券報告書)。その中でも、具体的な保有目標や保有期間を明らかにしている企業はさらに少なく、制度の存在のみ報告しているケースもあった。社内的に設定している企業はこれより多くあるかもしれないが、開示されない限り株主には明らかにならない。欧米の状況から考えると、株式保有ガイドラインを設定し、その内容を対外的に説明することが、今後重要になっていくだろう。

現実に、日本の経営陣は、交付された株式報酬が譲渡制限期間等を経て権利確定し、売却可能になっても、実際に現金化することはあまり多くないものと見られる。インサイダー取引規制によって、売却可能期間や条件が限られることが制約となって、売却しないことが習慣化されていたり、そもそも退任まで売却できない制度設計となっていたりすることが多い。この状況において、新たに株式保有ガイドラインを設定することに対する抵抗感は、貰い手である経営陣にとってそこまで大きくないものと思われる。株式保有ガイドラインの設計にあたっては、欧米に比べて役員報酬に占める株式報酬の割合が小さいことを考慮して保有基準を設定することが考えられる。一部の先進的な日本企業においては、総報酬を3~4億円とし、基本報酬:年次インセンティブ:中長期インセンティブ=1:1:1に近い、ヨーロッパに見られる報酬体系を採用するケースも出てきている。実際に、そのような企業では、ヨーロッパの株式保有ガイドラインの設定基準と同様、基本報酬の3倍相当の持株数を達成するまでは売却を制限するという例も見られはじめている。

最後に

近年、ESGやSDGsといった、サステナビリティへの注目が高まり、中長期的な視野を持った経営が重要とされている。ESGに関する様々な取り組みの結果は、最終的に株価に反映されると整理することもできるだろう。そうなると、経営者が一定量の自社株式を一定期間保有し続け、中長期的な企業価値向上にコミットする仕組みを整えることが重要である。それによって株主とのアライメントが担保される。

株式報酬には、企業価値創造のインセンティブの目的と、株主と目線を合わせて価値を共有するアライメントの目的があるが、昨今は、アライメントが積極的にクローズアップされつつある。インセンティブとアライメントのバランスを取りつつ、アライメントの部分を株主に説明する役割を担うのが株式保有ガイドラインであり、日本においても徐々に重要性が高まっていくと予想される。加えて、アライメント強化の観点からは、株式の継続保有を強化するために業績結果と連動しない株式報酬の活用も選択肢に入ってくるだろう。

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