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執筆者 中山 愛梨 | 5月 2017年

「これからの三、四十年は、『インターネット企業』の時代ではなく、『インターネット技術をうまく使う企業』の時代である」 - 中国ITリーダーズサミットでアリババのジャック・マー会長が語ったこの言葉は、一つ先の時代の幕開けを感じさせるものであった。AIやIoTがもたらす「産業革命4.0」と呼ばれる時代では企業の根本的な価値が問われることになる。この大きな時代のうねりのなか、日本企業はどのような雇用形態や報酬でどのような人材を獲得するのか、根本から考えなおす時機に差しかかっているのではないか。本稿では報酬に焦点を当てて整理したい。
Work Transformation|Ukupne nagrade
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  1. 人材は確実に不足している
  2. 経済産業省の調査によると、2016年時点では約14.7万人、2020年では24万人を超えるIT人材が不足することが見込まれている (*1)。ジャック・マー会長の言が正しければ、このような人材の逼迫状況は当面深刻化することこそあれ、改善することはないであろう。また、ITはどの企業にとっても重要な分野であり、こうした状況は業界を越えて生じることは確実と考えられる。また、IT人材について既に国を超えた獲得競争が行われているなか、日本企業は何を自らの魅力として人材を引き寄せるかを明確にすることが問われている。

  3. 人材を獲得し、引留めるには、報酬はどこまで重要か
  4. 3月のニュースレターでも紹介した通り、弊社では2年に一度、日本を含む約30の国・地域において、企業を対象とした『グローバル・タレント・マネジメント&リワードサーベイ』と、従業員個人を対象とした『グローバル・ワークフォース・スタディ』を実施している。グローバルでのIT企業などを含むハイテク業界が共通の特徴を示しており、以下は従業員及び企業の回答結果である 。

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    この結果を見ると、従業員側が最も重要と考えている給与について、企業側の認識が不十分であることが分かる。また、経済産業省が日本で実施した調査によると、現状の給与に満足していると答えたIT人材の割合は10%以下であった (*2)。これらの結果は、日本企業が報酬戦略をあらためて真剣に検討しなければならないという課題を浮き彫りにしているのではないだろうか。

  5. 日本企業の報酬制度と今後に向けた課題
  6. 日本企業は、終身雇用と年功序列の仕組みのもとで、公平性を重んじつつ均質的な形で報酬制度を運営してきた。成果主義の導入とともに個人評価が報酬に反映されるようになったものの、今に至るまでその考え方は多くの企業において踏襲されている。しかし、UberやAirbnb (*3)が既存の業界の常識を打ち破って成長を遂げたように、これからの時代は限られた個々の人材そのものが企業の競争優位を決定づける時代が到来しつつある。言い換えれば、そのような優秀な人材の採用や繋ぎとめることが企業の成長や生き残りを左右するといえ、そのためにいかに競争力のある報酬を提示できるかが事業上の課題になっているといっても過言ではない。この課題に対処するうえでは、一般の社員とは異なる「特別処遇」が求められることがざらであり、従来に比べてより柔軟な給与体系を持つことが急務となりつつある。

  7. ハイテクサーベイから見た市場の報酬水準の分布状況
  8. 日本では、IT人材が在籍する企業の属性において他の国・地域にはない傾向が見られる。アメリカ及びヨーロッパにおけるIT人材は75%以上がユーザー企業に在籍している一方で、日本では反対に75%以上がITサービス企業(=ITに関するサービスを提供している企業)に在籍している。このことから、日本企業が今後IT人材を日本で中途採用する際には、日本におけるITサービス企業と、比較的IT人材を内部に抱えていることの多い外資系のユーザー企業をターゲットにする必要があり、それらの給与水準を意識することが求められる。

    以下の図は、2016年度のハイテク業界の報酬サーベイの調査結果のうち、IT人材を多数抱えているとみられる外資系企業のデータを抽出して分析したものである。同じ「グローバルグレード12(一般に課長レベル相当)」であっても、職種によって報酬の水準や年齢が大きく異なっていることがわかる。

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    なお、IT分野に限らず、高度なスキルを有する人材の獲得が難しいという悩みを日本企業の担当の皆さんからしばしば耳にするが、既に述べたような人材市場の需給の状況がさまざまな分野で生じていると考えれば、その理由は明白である。そもそもこのような人材が不足しているなか、外資系企業は、市場の動向を見極めつつ、希少性の高い人材に対して魅力的な報酬を柔軟に提示している。職種の違いに関係なく一律で昇給や水準設定を行う日本企業の報酬戦略では太刀打ちできないことは自明である。

  9. 報酬戦略及びサーベイの活用
  10. 人材は企業の重要な経営資源であり、その人材に対してどのように給与原資を配分するかは企業において最も重要な決定事項の一つであるのは昔も今も変わらない。しかしながら、本稿で述べた人材市場の本質的な変化を鑑みるにつけ、各企業は岐路に立たされているといえる。とりわけ、ITなどの高度なスキルを持つ人材をどのように処遇するべきなのか、また、その他の従業員の処遇との一貫性をどのように維持すべきか、という点は、各企業にとってかなりの難題である。

    こうした課題を検討するうえでは、やはり市場と自社の現状を正しく理解することがすべての出発点である。そのためには報酬サーベイを通じた分析が欠かせない。報酬サーベイを通じて、自社の報酬面での市場競争力を確認することが可能になるのはもちろんのこと、報酬サーベイは、ITなどの高度な専門性を持つ人材を処遇するための報酬戦略を検討するうえでの土台になる。人材市場の地殻変動が起きつつある今、その重要性が以前にも増して注目されるべきであろう。


(*1) 経済産業省「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」では以下の2種類の人材に焦点を当てて詳細にわたる分析を行っている。

  • 先端IT人材: ビッグデータ、IoT、人口知能等先端的なIT技術を担う人材
  • 情報セキュリティ人材: 企業における情報セキュリティ対策や情報セキュリティに関する専門製品・サービスの提供を担う人材

(*2) (*1) と同様

(*3) Uber(ウーバー): 自動車の配車サービスを提供しているウェブサイト、Airbnb(エアビーアンドビー): 宿泊施設の貸し出しの仲介サービスを提供しているウェブサイト

執筆者プロフィール

中山 愛梨
コンサルタント

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